尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

西川美和監督の傑作「すばらしき世界」

2021年02月18日 23時20分15秒 | 映画 (新作日本映画)
 西川美和監督の「すばらしき世界」は傑作だ。深く考えさせる要素が詰まっていて、多くの人に見て欲しい映画である。日本を代表する女性映画監督と言ってよい西川美和だが、今まではオリジナル脚本を映画化していた。それどころか自作脚本のノベライズ「ゆれる」で三島賞候補、「きのうの神様」「永い言い訳」は直木賞候補と作家としても評価されている。しかし、自作の映画化「永い言い訳」に続く長編映画第6作「すばらしき世界」は初の原作ものである。

 その原作が佐木隆三身分帳」だと言うから驚く。1990年に刊行され伊藤整文学賞を受けた。直木賞を受けた「復讐するは我にあり」以来、佐木隆三は多くの犯罪ドキュメントを書いた。テーマに関心があるので、僕は佐木隆三の本はずいぶん読んでいる。賞を受けた原作も読んでいるんじゃないかと思うけど、もう全く覚えていない。これは獄中で作られた「身分帳」という本来は表には出ない書類を元に「ある犯罪者の人生」をたどる試みである。

 映画は時代を現代に移し、2015年に旭川刑務所を満期出所した三上正夫の出獄後の日々を描く。この三上を役所広司が演じている。役所広司はどんな役でもこなせるだろうけど、とりわけ三上の演技は半端ない迫力だ。今までに演じてきた「Shall we ダンス?」とか「うなぎ」、最近だったら「蜩ノ記」「三度目の殺人」「孤狼の血」などいくらでも思い出すが、これほど「その人になりきる」演技は滅多に見られないと思う。「三度目の殺人」も殺人犯だった。逆に「孤狼の血」は暴力刑事だった。しかし、それは演技であると見ていて思う。今度の「すばらしき世界」だって、もちろん演技だと判っている。でも僕は途中から「三上」の密着ドキュメント映画に思えてきた。

 というか劇中では実際にテレビが取材している。三上は「身分帳」をテレビ局に送って生母を探してもらおうとしたのである。(秘密の「身分帳」をなぜ本人が持っているかというと、三上は獄中で訴訟をたくさん起こして、原告の権利として訴訟書類を筆写して持っていたのである。)テレビのプロデューサー(長澤まさみ)はテレビ番組製作会社を辞めて小説家を目指していた津乃田仲野大賀)に「身分帳」を送って取材を持ちかける。三上は福岡県生まれで、養護施設で育ち若い頃からヤクザ組織に入った。何度も刑務所に入った三上には高血圧の持病があり、もう二度と刑務所には戻りたくない。三上はシャバで更生できるんだろうか。
(三上と津乃田)
 三上は彼なりの正義感を持ち見て見ぬふりができないうえ、「瞬間湯沸かし器」のように我を忘れてしまう。シャバでは「見て見ぬふり」をして生きていくしかないのだろうか。三上をめぐって、身元引受人夫婦(橋爪功梶芽衣子)、福祉事務所職員(北村有起哉)、スーパーの店長(六角精児)など多くの人々が登場するが、果たして彼らは三上を支えられるのだろうか。「三上」も問われるし、周囲の人物も問われるが、同時に見ている我々も問われる。「殺人犯が社会に復帰できるのだろうか。」とても深い問いを突きつけてくる映画である。

 そしてついに三上は昔のヤクザ関係者に連絡してしまう。組長夫婦(白竜キムラ緑子)は三上を暖かく迎える。「女」(風俗嬢)を用意してくれるぐらいに。役所はもちろん、支援団体もマスコミも絶対にこんなことをしてくれない。随所に衝撃的な「三上の衝動」を入れながら、ある人間の人生を深掘りしていく様子は見事だ。撮影の笠松則通(「悪人」「大鹿村騒動記」など)も名手ぶりを発揮しているが、やはり脚本、監督の西川美和の手腕を感じた。「刑余者」(罪を犯し刑務所から出所した者)の問題をこれほど生き生きと描き出し見るものに訴える映画は記憶にない。
(西川美和監督)
 この映画では梶芽衣子が「見上げてごらん夜の星を」を歌うファン必見のシーンがある。また母の情報を求めて三上と津乃田が同宿し、風呂に入るシーンがある。ここで太賀が役所広司の背中を流すのだが、これは佐木隆三原作、今村昌平監督の「復讐するは我にあり」にあった三國連太郎と倍賞美津子のシーンへのオマージュだと思う。この時の役所広司の背中演技も必見。映画を支えるキムラ緑子の凄さも必見。長澤まさみも悪くないけど、太賀と共演だとCMを思い出しちゃうし、貫禄負けしている。

 なお、事件のいきさつは組を抜けて東京・亀有で経営していたスナックで、ホステスが引き抜かれてイザコザが起こった。ある夜に日本刀を持った殴り込みを受けて、刀を奪って相手を刺したというものだ。検察官の被告人尋問で引っかけられて「未必の故意」を認めた形になってしまった。しかし、本人の意識ではやり返さないと殺されるので、傷害致死または過剰防衛だと思っている。判決に不満があるから獄中でも問題を起こし、何度も懲罰を受け仮出所できずに満期出所になってしまった。生育歴を見ても不遇の人生を歩んだわけだが、事件当時は支える妻もいた。一審で懲役13年になって、長期、反社を対象とする旭川に送られてしまった。
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