重要なニュースが続いている。沖縄県の県民投票や合意に至らなかった米朝会談など、きちんと考えているヒマがないまま日々が過ぎていく。そんな中で、「平成」がもうすぐ終わり、新元号はどうなるかといった報道も増えている。いまじゃ何でも「パブコメ」(パブリック・コメント)などと称して一応国民の意見を聞くもんだが、元号決定だけは政府が専権的に進めるのだろう。
そんな中で、2月24日に「天皇陛下御在位三十年記念式典」なるものが行われた。式典の写真を載せるのもどうかなと思ったら、記念硬貨の写真が出て来た。「1万円」と「500円」の硬貨が発行された。1万円は金貨である。1万円金貨だけだと13万8千円。500円硬貨とセットだと14万円である。1万円金貨は応募だけでとっくに締め切られているが、500円硬貨の方は2月21日から金融機関で額面で引き換えられた。関心がないから全然知らなかったけど。
(記念硬貨)
ところで式典における天皇の発言には違和感を覚える部分が多かった。「これまでの私の全ての仕事は,国の組織の同意と支持のもと,初めて行い得たものであり」という発言は、憲法における「内閣の助言と承認」と微妙に違っている。「助言と承認」が、天皇から見ると「同意と支持」に見えていることを示している。また「不幸にも被災の地で多くの悲しみに遭遇しながらも,健気(けなげ)に耐え抜いてきた人々」の「けなげ」という表現も「上から目線」というもんじゃないだろうか。
ここでは「平和」に関する言動を検討しておきたい。式典以前に、2018年の天皇誕生日前の記者会見で以下のような発言がなされていた。「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに,心から安堵しています。」その前に「平成元年の秋にベルリンの壁が崩れ,冷戦は終焉を迎え,これからの国際社会は平和な時を迎えるのではないかと希望を持ちました。しかしその後の世界の動きは,必ずしも望んだ方向には進みませんでした。世界各地で民族紛争や宗教による対立が発生し,また,テロにより多くの犠牲者が生まれ,さらには,多数の難民が苦難の日々を送っていることに,心が痛みます。」と語っている。世界認識は全く正しいけれど、「望んだ方向に進」まなかった世界情勢に対し、日本はどのように対応したのか全く触れられていない。
式典では「平成の30年間,日本は国民の平和を希求する強い意志に支えられ,近現代において初めて戦争を経験せぬ時代を持ちましたが(以下略)」とまず触れられている。もちろんそのこと自体は「事実」である。「事実」とカッコを付けるのは、戦争を「国家による宣戦布告で始まる」と解すると、確かに明治、大正、昭和には戦争があったが平成には戦争がなかったことになる。しかし、それは当たり前である。大日本帝国憲法には天皇の大権として宣戦講和が挙げられる。一方、日本国憲法では戦争を放棄しているので、戦争をできるはずがない。
だから、「元号」の問題ではなく、憲法が敗戦に伴って改正されたことが重要なのだ。しかし、戦後になっても日本は戦争に協力してきた。占領下には朝鮮戦争で掃海作業に参加し死者も出た。ベトナム戦争でも日本政府は米軍に協力した。憲法の規定により、自衛隊を直接戦闘に参加させられなかっただけだそして「平成」になると、日本は自衛隊を海外に派遣するまでになる。国連平和維持活動(PKO)から始まり、2001年の同時多発テロでは「テロ対策特別措置法」、2003年のイラク戦争では「イラク復興支援特別措置法」が制定され、自衛隊が海外で「貢献」したわけだ。
テロ対策特措法の米艦への給油は、実質的に戦争に参加したと言える。イラクでも「戦地」ではないとされつつも、現実には限りなく米国への協力を優先した決定だった。米国が戦争の理由とした「大量破壊兵器」は実際には存在せず、各国ではイラク戦争の検証を行ったが日本政府は行っていない。そして安倍政権による「安保法制」により、集団的自衛権も一部は合憲とされた。これらを考えてみると、「平成時代」は戦争をしなかったのではなく、米軍に協力して限りなく「戦争に近い状態」に巻き込まれた時代だった。これが僕の同時代的実感なのである。
天皇の「お言葉」は当然内閣の「承認」のもとに発せられる。よって安倍政権による集団的自衛権の容認などを批判することはあり得ない。そんなことはあってはならない。しかし、そのことにより、「平成」は平和だったと強調することは、時代の本質を覆い隠すことにつながる。天皇制度というシステムそのものが、やはり「本質を隠す」政治装置として機能するということを示している。
そんな中で、2月24日に「天皇陛下御在位三十年記念式典」なるものが行われた。式典の写真を載せるのもどうかなと思ったら、記念硬貨の写真が出て来た。「1万円」と「500円」の硬貨が発行された。1万円は金貨である。1万円金貨だけだと13万8千円。500円硬貨とセットだと14万円である。1万円金貨は応募だけでとっくに締め切られているが、500円硬貨の方は2月21日から金融機関で額面で引き換えられた。関心がないから全然知らなかったけど。
(記念硬貨)
ところで式典における天皇の発言には違和感を覚える部分が多かった。「これまでの私の全ての仕事は,国の組織の同意と支持のもと,初めて行い得たものであり」という発言は、憲法における「内閣の助言と承認」と微妙に違っている。「助言と承認」が、天皇から見ると「同意と支持」に見えていることを示している。また「不幸にも被災の地で多くの悲しみに遭遇しながらも,健気(けなげ)に耐え抜いてきた人々」の「けなげ」という表現も「上から目線」というもんじゃないだろうか。
ここでは「平和」に関する言動を検討しておきたい。式典以前に、2018年の天皇誕生日前の記者会見で以下のような発言がなされていた。「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに,心から安堵しています。」その前に「平成元年の秋にベルリンの壁が崩れ,冷戦は終焉を迎え,これからの国際社会は平和な時を迎えるのではないかと希望を持ちました。しかしその後の世界の動きは,必ずしも望んだ方向には進みませんでした。世界各地で民族紛争や宗教による対立が発生し,また,テロにより多くの犠牲者が生まれ,さらには,多数の難民が苦難の日々を送っていることに,心が痛みます。」と語っている。世界認識は全く正しいけれど、「望んだ方向に進」まなかった世界情勢に対し、日本はどのように対応したのか全く触れられていない。
式典では「平成の30年間,日本は国民の平和を希求する強い意志に支えられ,近現代において初めて戦争を経験せぬ時代を持ちましたが(以下略)」とまず触れられている。もちろんそのこと自体は「事実」である。「事実」とカッコを付けるのは、戦争を「国家による宣戦布告で始まる」と解すると、確かに明治、大正、昭和には戦争があったが平成には戦争がなかったことになる。しかし、それは当たり前である。大日本帝国憲法には天皇の大権として宣戦講和が挙げられる。一方、日本国憲法では戦争を放棄しているので、戦争をできるはずがない。
だから、「元号」の問題ではなく、憲法が敗戦に伴って改正されたことが重要なのだ。しかし、戦後になっても日本は戦争に協力してきた。占領下には朝鮮戦争で掃海作業に参加し死者も出た。ベトナム戦争でも日本政府は米軍に協力した。憲法の規定により、自衛隊を直接戦闘に参加させられなかっただけだそして「平成」になると、日本は自衛隊を海外に派遣するまでになる。国連平和維持活動(PKO)から始まり、2001年の同時多発テロでは「テロ対策特別措置法」、2003年のイラク戦争では「イラク復興支援特別措置法」が制定され、自衛隊が海外で「貢献」したわけだ。
テロ対策特措法の米艦への給油は、実質的に戦争に参加したと言える。イラクでも「戦地」ではないとされつつも、現実には限りなく米国への協力を優先した決定だった。米国が戦争の理由とした「大量破壊兵器」は実際には存在せず、各国ではイラク戦争の検証を行ったが日本政府は行っていない。そして安倍政権による「安保法制」により、集団的自衛権も一部は合憲とされた。これらを考えてみると、「平成時代」は戦争をしなかったのではなく、米軍に協力して限りなく「戦争に近い状態」に巻き込まれた時代だった。これが僕の同時代的実感なのである。
天皇の「お言葉」は当然内閣の「承認」のもとに発せられる。よって安倍政権による集団的自衛権の容認などを批判することはあり得ない。そんなことはあってはならない。しかし、そのことにより、「平成」は平和だったと強調することは、時代の本質を覆い隠すことにつながる。天皇制度というシステムそのものが、やはり「本質を隠す」政治装置として機能するということを示している。
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