尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画『花腐(くた)し』、荒井晴彦監督の新作はやはり素晴らしい

2023年11月28日 22時25分44秒 | 映画 (新作日本映画)
 『花腐し』(はなくたし)というのは、松浦寿輝(ひさき)の芥川賞受賞作である。(2000年上半期に、町田康『きれぎれ』とともに第123回芥川賞を受けた。)松浦寿輝は東大名誉教授のフランス文学者にして詩人・小説家という人である。僕もその受賞作しか読んでないけど、いやあ面白かったなあという記憶がある。そしてその記憶しかない。もう20年以上も前の作品が今度映画化された。日本一の名脚本家荒井晴彦の4作目の監督作品。相変わらず「過激」(?)な性描写も含みつつ、行き場のない疲れたような感覚に浸っている。しかし、それでいて腐食した日本を撃つ眼差しも確かだ。やはり傑作だと思う。

 冒頭で2012年と出る。原作は2000年に芥川賞を受けているんだから、震災直後に時間を移したのは映画の趣向である。ある男が葬儀に赴き参列を断られた。白黒映像である。次第に判ってくるが、ピンク映画の監督栩谷(くたに=綾野剛)と同棲していた女優桐岡祥子(きりおか・しょうこ=さとうほなみ)が、栩谷の親友の監督桑山と心中してしまった。「ピンク映画」(セックスシーン主眼の低予算映画でピンク映画専門館で上映していた)も斜陽の一途をたどっている。栩谷も5年映画を撮っていない。祥子との暮らしも行き詰まっていた。しかし、よりによって何故親友と心中したのか。
(栩谷と祥子の生活)
 上記画像はカラーだが、これも次第に判明するように、過去がカラー現在が白黒なのである。その逆は見たことがあるが、現在時点が色を失っているというのが作者の心情を象徴している。栩谷が祥子の家に転がり込んで始まった同棲だった。当然一人では家賃を払えず引き払うしかない。今も数ヶ月分を溜め込んでいる。家主に家賃を待ってくれと頼みに行き、代わりにアパートに居付く男の追い出しを頼まれてしまった。早く取り壊してマンションにしたいのに、一人何だかいつまでも動かない男がいるという。案外あんたみたいのが行く方が効果があるかもしれない。
(アパートを訪ねる)
 ある雨の日、栩谷は古びたアパートを訪ねる。何度も扉をたたいてやっと出て来た男が、伊関柄本佑)だった。彼は今まで追い出しに来たのと違うタイプの男に戸惑い、つい話を始めてしまう。栩谷が売れない映画監督なら、伊関は昔シナリオライターを目指した男だった。そこで業界の話、映画の話が始まり、やはり女の話に行き着く。伊関は20代の頃、女優を目指す女と付き合っていた過去がある。シナリオの話、映画や演劇の話、そして子どもが出来た時のこと。日々の生活の重みに負けていった日々。過去の映像がところどころでインサートされるので、観客には判る。二人が語っている女性は同一人物なのである。
(二人は語り合う)
 三人の主要人物がいるが、三人がそろうシーンは一つもない。祥子をはさんで、二人の男が右往左往するのである。その難役を見事にこなしたさとうほなみに驚いた。また先に『春画先生』で見たばかりの柄本佑は、どうにも正体がつかめないような男を再び演じて絶品。「花腐し」とは「卯の花くたし」のことで、「卯の花を腐らせるほどにしとしとと降り続く雨」だという。初夏の季語だというが、映画中の伊関は万葉集にある「春されば 卯の花腐(く)たし 我が越えし 妹(いも)が垣間は 荒れにけるかも」を引用している。「低木である卯の花の垣根を乗り越えながら通ったあの娘の家の垣根は今ではすっかり荒れてしまった」。
(伊関と祥子の生活)
 追憶と悔恨の心情が現在の二人とつながる。どこで道を間違えたのだろうか。今の腐った自分は、それでも生きていけるのか。折しも震災直後、日本は何故原発を廃止できないのか、ドイツは廃止したのに。あるいは沖縄の基地問題などもセリフで語られる。そのように現実批判をも取り込みながらも、基調は梅雨時のうっとうしい雨の中で語られる倦怠と悔悟である。これは「大人」の映画であり、全く若い人のための映画ではない。荒井晴彦監督は自分の出身(若松プロ)でもあるピンク映画界を舞台に使いながら、悔いても戻らぬ過去を見事に映像化している。撮影の川上皓市と新家子美穂も魅惑的な映像を映し出している。

 脚本は中野太と監督自身が書いている。荒井監督は『火口のふたり』(2019)以来の作品。『身も心も』(1997)、『この国の空』(2015)と荒井監督の作品を見てくると、共通点があるように思う。他の人が映画化しそうもない原作であること。また「過去」を自分の心の中でどう処理するべきかの物語である。こんな暗い映画を撮る人は他に思いつかない。若手の勢いもいいけれど、僕はこういう映画が好きなんだなと思った。
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