尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画『バグダッド・カフェ』、見る者を幸せにする永遠の傑作

2024年12月20日 21時46分52秒 |  〃  (旧作外国映画)

 近年昔の映画がデジタル化されて映画館で上映される機会が多い。それも期間がちょっとだけでほとんど宣伝もしないので、気を付けてないといつのまにか終わっている。僕はそういう機会を逃さないようにして、よく昔の映画を見ている。要するに懐かしいのである。政治的、社会的テーマの映画だと、今の時点で見直して検証する記事を書くこともあるが、まあ大体は書かずじまいが多い。自分で楽しんで見ればよくて、特に誰かに勧める気もないからだ。でも、今回見た『バグダッド・カフェ 4Kレストア版』については書いておきたいと思った。あまりに気持ち良く見られて、この映画は永遠だなあと思ったからだ。

 パーシー・アドロン監督の『バグダッド・カフェ』(1987)は1989年に日本で公開された。東京ではシネマライズ渋谷で4ヶ月のヒットとなり、「ミニシアターブームの象徴となった」とホームページに出ている。シネマライズ渋谷は1986年に渋谷スペイン坂に開館して、2016年に閉館した。当時は『ホテル・ニューハンプシャー』『ブルー・ベルベット』『ポンヌフの恋人』などここにずいぶん見に行ったものだ。多忙な時期だったけれど、作家主義的なミニシアターには行っていたのである。

 この年のキネマ旬報ベストテンを見ると、『バグダッド・カフェ』は6位になっている。7位に『ニュー・シネマ・パラダイス』、2位に『バベットの晩餐会』、3位はチャン・イーモウ監督の『紅いコーリャン』、8位『恋恋風塵』10位『童年往事』とホウ・シャオシェン監督が入選した。88年には岩波ホールの『八月の鯨』、シャンテ・シネの『ベルリン・天使の詩』が大ヒットし、まさにミニシアター文化の頂点だった。そこではヨーロッパの小粋な映画に混じって、アジアの新進作家を見るのが当たり前になった。そんな時代の映画を見て懐かしくなるのは、まさに自分も若かったなあと感じるからである。

(ヤスミン)

 『バグダッド・カフェ』はもちろんイラクの映画じゃなく、カリフォルニア州モハヴェ砂漠の小さな集落「バグダッド」の話である。西ドイツから来た夫婦がケンカして、夫は妻を砂漠の中に置き去りにする。その妻ヤスミンマリアンネ・ゼーゲブレヒト)はトランクを引きずりながら、食堂兼モーテル兼ガソリンスタンドの「バグダッド・カフェ」にたどり着く。そこでは店主のブレンダがいつも不機嫌で、こっちは逆に夫を追い出すところ。なれない英語を操るヤスミンが当初は怪しいと思われながら、いつの間にかカフェの人々と仲良くなって行く。たったそれだけの話なんだけど、何度見ても幸福感に満たされる。

(ヤスミンとブレンダ)

 監督も俳優もほぼ知らない人ばかりで、その後も特に大活躍したわけじゃなかった。唯一知っていたのは、トレーラーハウスに住んでいる謎の画家ルディを演じたジャック・パランス。『シェーン』のアラン・ラッドを襲う殺し屋役でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされた人である。(その後、1991年の『シティ・スリッカーズ』でアカデミー賞助演男優賞を受けた。)強烈な悪役イメージをガラッと変えた、謎を秘めた光の絵を描く素人画家を楽しそうに演じている。ルディがヤスミンをモデルに絵を描く場面が、この映画のクライマックスだと思う。ルッキズムを越えた神聖な時間に心が震える。

(ルディ=ジャック・パランス)

 今ならデジタルで撮影して自由に色を調整出来るけど、この映画はもともとはカメラにフィルターを掛けて撮ったフィルム映像だ。実に不思議で心奪われる不思議な色調だが、砂漠に虹が架かるシーンなど偶然撮れたんだろうが素晴らしい。ブーメランを得意にする旅行者がやってくると、このブーメランの音も素晴らしい。そして、いつの間にかマジックを身に付けたヤスミンが店で活躍するようになると、カフェはもう砂漠の中の「ユートピア」に見えてくる。どこにもないはずの「ユートピア」も実は現実にロケされた土地があるわけで、その場所に実際にバグダッド・カフェと名付けられた店がオープンして観光客に人気だという。

(今も残るバグダッド・カフェ)

 パーシー・アドロン監督は2024年3月10日に88歳で亡くなっていた。毎月訃報をチェックしていたが、日本で報道されず気が付かなかった。その後はあまり世界的活躍はしなかったが、日本では『シュガー・ベイビー』(1985)や『ロザリー・ゴーズ・ショッピング』(1989)が公開されている。どっちもマリアンネ・ゼーゲブレヒトが主演した映画である。そう言えばそんな映画があった気がするが見てないと思う。1945年生まれだが、今もドイツのテレビなどで活動しているという。『バグダッド・カフェ』で知られて、その後ハリウッド映画にも何本か出ている。ブレンダ役のCCH・パウンダーはその後はテレビが多いようだ。大ヒットした主題歌「コーリング・ユー」も素晴らしい。その後も見たと思うが、108分の再編集版がデジタル化されている。


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