my favorite things

絵本の話を中心に、好きなもの、想うことなど。

少女の気持ち‥かな

2006-10-27 17:00:45 | 好きな絵本

 たまには、ひと目惚れで、絵本を買ってもいいかなと思いました。

 だって、表紙もタイトルもこんなに素敵なんです。


  ブリキの音符

 『ブリキの音符』   
  片山令子 文  ささめやゆき 絵

 表紙を開いてから、本文が始まるまでの、見返しや中扉や、扉の構成がとても見事。
目と、手に触れる紙の感触を楽しんでいると、巻頭の詩が出てきます。

    
    まばたきの音がして、まるい涙がこぼれおち、
   ブリキのお皿とスプーンがあいさつをする音が
   して、おいしいスープがやってきた。
    スカートをひろげて、こころが音符の階段を
   かけ降りて、またのぼっていく。どんな時も忘
   れないでいよう。これは、みんな、音楽なのだと
   いうことを。


 
この言葉が書かれている見開きページの色が、またなんとも美しく、ここまでで、
もうこの本は私のもの、と思ってしまいました(笑)。


 家に帰る途中で、つらつらと思い返しているうちに、ひと目で惚れたと思っていたことが、
実は誤りであったことに気が着きました。
 前に借りた『絵本の作家たちⅠ』の最後に、ささめやゆきさんのページがあり、そこで
この『ブリキの音符』も紹介されていたのです。

 それによると、雑誌「MOE」から世界の街角シリーズという企画の依頼が、ささやめさんの
ところに来て、「そんな絵絶対に描けないと思ったから、僕が絵描くから、それを見て文章
書く『挿文』ていうのはどうか」と言ったそう‥文章のほうは最初から、片山令子さんと
決っていたそうです。その後1994年に白泉社から単行本化され、そして、今回それを底本
として、アートンより、「巻頭の詩を除いて、単行本化する際に改めた稿を雑誌『MOE』
発表時の稿に戻し、造本を変え刊行」したそうです。

 いろんな事情が出版サイドにあるのでしょうが‥とにかくこの絵本が、手元に届いて
よかったです。


 
 初めに絵が描かれ、それを受けて文を書く。

 だから、この絵は、こんなにストレートに働きかけてくるのだなあと納得しました。
前出の『絵本の作家たちⅠ』の中で、片山令子さんもこんなふうに、ささめやさんの絵に
ついて書いていました。

 『ブリキの音符』を本棚から出してくると、いつも表紙を撫でてしまう。

たとえば、女の人が立っているステージの黒、緞帳の重いみどり。
広げられた白いシーツの長方形と、その下の濃い青い草むら。
空のブルー、壁のグレイ。
四角い箱のような音楽スタジオ、写真スタジオのそれぞれの壁。

 背景の上に描かれた人物の表情にも味わいがあるのですが、でもなぜか、筆の跡も
感じられる、塗り込められた背景を、そっと撫でたくなってしまうのです。油絵の具を、
キャンバスではなく、板の上にのせていったのかなあと思う、その色がどれも美しく、
そっと触れてみたくなる気持ちを抑えたままにしておくのはもったいなくって。

 
 こういう種類の絵本のことを「大人のための絵本」というのでしょうか。

 大抵の絵本は、声に出して読み、それをもし聞きつけて子どもが「ママ読んで」と
言ってくれば、ともに読み楽しみますが、この絵本はどうかな。それができるかな、と
自分に問います。

 どのページの文章も、一篇の散文詩のようなので、思いっきり贅沢した詩集、という
ふうにも受け取れて‥。そう考えれば、読んであげてもいいかな。でもね‥。

   走らなくていいのに。今まで起きたこと
  のひとつでも違っていたら、二人ともここ
  へ来られなかったと考えると、おこる気に
  なんてなれないんだ。ぼくにはもうわかる。
  彼女が息を切らせながら謝ろうとするのが。
   謝らなくていいのに。きみは、ぼくとい
  う時間にまにあった。
〈生きている時間〉より

「きみは、ぼくという時間にまにあった」が胸の真ん中に響いてこない子どもに、読んで
あげることもないか、とも思うのです。

 ほんとうの年齢とは関係ないところに、(半)永久的に存在する「少女の気持ち」。
 震える心を落ち着かせるために息を吐き、すこし前に届いた言葉を、忘れないようにと
何度も唱えてはまた胸を熱くする‥。

 読んで、そういう気持ちに浸るもよし。そういう時があったことを思い出すもよし。
そんな絵本が、すぐ手の届くところにあってもいいかなあと、思うのです。

 おかあさんは24時間おかあさんをやっているように見えても、気持ちは、いろんな
「場所」へ「いつでも」でかけることができるのです。

 

 

コメント (10)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする