6月14日土曜日は、末盛さん講演会の3回目が、代官山でありました。
今回は、ゲストに安野光雅さんをお迎えして、場所もいつものカフェではなく、
道路を渡った側の地下にある広いホールです。お客さんもいつもの6倍くらい。
私が、まつかぜさんと一緒に到着した時には、もう半分くらいの席が埋っていて、
ことり文庫さんによる売店も、大賑わいでした。
壇上には、すこしはなれた「ハの字」にテーブルが2つあり、安野さんが
会場にむかって右側、末盛さんが左側にお座りになりました。
私たちの席は、右端列の前から2番目でしたので、安野さんのお顔がちょうど
正面に見える形となり、それだけですごく贅沢な気分でした。
ご登場するなり、メガネを忘れてきたことを、ジェスチャーで末盛さんに
お話になり、ついでにサスペンダーも忘れてきたことを暴露し、移動する時は
気をつけてズボンを押さえている‥
お話の冒頭から、遠慮なく笑わせていただきました。
講演のタイトルになっていた「即興詩人」についての、熱い思いは
十分に伝わってきたものの、「絵本 即興詩人」でさえ、読み終えていないので、
共感するところまではいきませんでしたが、それでも、幾度となく読んでいるのに、
冒頭の1行を目にすると、今でも、気持ちがぐっとなる、と安野さんにそう言わせる
物語への、興味と好奇心だけは持ち続けていようと思っています。
行きつ戻りつの、楽しいおはなしは、すでにマーガレットさん、琴子さん、こうめさんの
ブログに記事がありますので、どうぞそちらでごらんください。
私は、講演の中で、末盛さんもご紹介していた、安野さんの新作
『あいうえおみせ』について、安野さんにお会いすることができたことの
記念として、書き残しておこうと思います。
『あいうえおみせ』は、こどものとも7月号で、安野さんが「こどものとも」に
描かれるのは31年ぶりだそうです。
ちなみに、最初に「こどものとも」に登場されたのは、『ふしぎなえ』だそうで、
この絵本は、たぶん私にとっての、最初の「こどものとも」体験になった
思い出の絵本です。
たぶん‥と、うろ覚えなのは、家にはこういう絵本が全然なくって、
幼稚園のつくえの上に広がっていた、『ふしぎなえ』の一部が
ずっと記憶に残っていて、何十年かたって、あああの時の絵は、この絵本の中の
一部だったのか、とやっと一致したからです。
忘れもしない、本がプールになっていて、飛び込み台がトランプの切り抜きで
できているあのページです。
おみせの本の話に戻って。
末盛さんは「常々思ってきたことですが、優れた、美しいこどもの本は
こどもだけのものではなく、大人をも十分に魅了します。
この安野さんの新しい本も、まさにそういう本です」とおっしゃいました。
ほんとうにそのとおりだと思います。
どのページも2段に分かれ、上段はあいうえお順に、下段はいろは順に
おみせやさんが並んでいます。
全部で(数えていませんが)100以上はありますよね?
これだけの、お店とそこに居る人たちを、どのくらいの時間で描きあげて
しまうのか、思い切って、質問すればよかったと、今頃悔やまれます。
私が嬉しいのは、「いものや」さんが載っていたこと。
私の祖父と父は鋳物工場をやっていましたから。
家の近所も工場をやっているところが多く、鋳物屋につきものの
「木型屋」さんや、「氷屋」さん。小学校に入学して最初に友達になった
ゆみちゃんのおうちは「材木屋」さん。きょうこちゃんの家は「お菓子屋」さんでした。
そして、夕方になれば、「お豆腐」さんが来ていたし、週に何度か野菜を積んだ
トラックや、魚屋さんのトラックなんかも来てました。
そして、夏には、かすかにしか覚えてないのですが、「金魚屋」さんが来て
いたような気がします。
目で確かめられるところで、大人たちは働いていました。
小さい頃は、サラリーマンのおうちに憧れたりもしましたが、働いている姿が
見えるって、貴重なことだったのだなあと、今になってわかります。
本の中で、逆に、ちょっと残念なのは、その「いものや」さんで働いている
おじさんがヘルメットをかぶっていたことです。
でも、今は、そうなのかもしれませんね。
私が知っていた頃は、祖父も父もてぬぐいかぶってましたけど。
(そして、もひとつ残念なのは、「は」のところに「刷毛屋」さんがなかったことです)