豆豆先生の研究室

ぼくの気ままなnostalgic journeyです。

北條文緒「ニューゲイト・ノヴェル」ほか

2019年08月22日 | 本と雑誌

 8月21日(水)

 北條文緒「ニューゲイト・ノヴェル――ある犯罪小説群」(研究社、1981年)

 1830年から40年代にかけて、産業革命後のイギリスの庶民階級で読まれた犯罪小説の一群があったらしい。

 ウィリアム・ゴドウィン「ケイリブ・ウィリアムズ」、エドワード・ブルワー=リトン「ポール・クリフォード」「ユージン・アラム」など、ぼくの知らない作家、作品ばかりだが、ディケンズの「オリバー・ツイスト」「マーティン・チャズルウッド」なども登場し、アンチとしてサッカレーの「虚栄の市」も出てくる。

 ディケンズは「クリスマス・キャロル」を除いて、学生向きのRewrite版というのかabridged版で済ませてしまったのだが(「オリバー・ツイスト」だの「荒涼館」だのといった文庫本3冊、4冊もある長いものを読む気にはなれなかった)、殺人などの犯罪は出てくるが、「犯罪小説」という印象はなかった。確かに犯罪の場面は出てきたが。
 サッカレー「虚栄の市」も同じく1冊のabridged版で済ませたので、アンチ・ニューゲイトだったかどうかは分からなかった。というより、ディケンズなどと同じように、当時の社会を背景にした通俗小説の印象だった。

 1830年代の刑法改正(死刑の削減)、監獄改良、公開処刑の廃止などと同時代に流行し、やがて廃れていったジャンルのようである。
 初期の犯罪者は都市下層階級で、動機は貧しさであるが、のちには犯罪者はミドル・クラスに移り、動機はさらなる富への欲望であったという。
 
 裏表紙に、益子政史「スコットランド・ヤード――ロンドン 悪の系譜」という本の新聞広告の切り抜きが挟んであった。出版社名は不明。
 高校生か大学生のころ、牧逸馬の犯罪ものを読んでいたところ、内容を見た祖母から、「あんた、こんな本に興味があるの?」と尋ねられたことがあった。
 ニューゲイト・ノベルの読者同様、犯罪予備軍に見られたのだろう。


         
 
 ニューゲイト・ノヴェルについて読んだついでに、この夜は「明日に向かって撃て!」(1969年、ジョージ・ロイ・ヒル監督)を見た。
 前回来た時にボリビアに逃げるあたりまで見たので、その残り。ニューヨーク時代は早送り。
 メイキング・ビデオで知ったのだが、当初ポール・ニューマンの相手役はスティーブ・マックィーンだったそうだ。彼に断られ、ジョン・ボイドにも断られ(なぜだろう? ロケなどで拘束日数が長かったのか)、ようやくロバート・レッドフォードに回って来たらしい。
 レッドフォードはデビュー作にしては堂々としている。

 犯罪者を英雄視しているというか、愛着を感じさせる演出で、ニューゲイト・ノヴェルと同じような社会的批判があってもよさそうだ。
 原題からして“Butch Cassidy and the Sundance Kid”と実在の犯罪者の名前である(こんな題名では日本ではヒットしなかっただろう)。ボリビア人には愉快ではないと思うが。
 20世紀のアメリカや世界ではそんなことは起きなかった。


 2019/8/21 記 



スイヤルド “souillarde” 余滴

2019年08月22日 | 軽井沢・千ヶ滝
 “スイヤルド”とは、石作りのシンク・・・といった説明が、スイヤルドの現物とともに入り口に掲示してあったが、正確には忘れてしまった。

 家に戻ってから、大学時代の仏和辞典で調べると、「クラウン仏和辞典」(三省堂)にはこの語は載っていなかったが、白水社の「新仏和中辞典」(昭和49年2月20日、49年版。ちなみに1500円)には載っていた。
 何と、この辞典は毎年、新学期を控えた春先に定期的に重版していたのだ! 昭和12年初版となっているが、この辞典はいつなくなってしまったのだろう?
 大修館書店の「スタンダード仏和辞典」というのもあったけれど、こっちは残っているのだろうか。

 さて、“スイヤルド”だが、souillarde [発音記号省略] n.f. (石鹸製造用)ソーダ槽;皿洗い場、流し場、皿洗い桶.という訳語が載っていた。

         

 なお、この単語の一つ前の単語は、“souillard”[発音記号省略(最後のdが発音されない。日本語で表記すれば「スイヤール」)]n.m. 排水孔;排水孔のある石 とある。
 「排水孔のある石」とはどんな石だろう?軽石のようなものか・・・。
 語尾に e が付いているかいないか、女性名詞か男性名詞かだけで、こんなに意味が違ってしまう単語というのは、フランス語にはあったのだったか。
 どういう経緯でこんな2つの単語が生まれたのか。

 石鹸製造用ソーダ槽、皿洗い桶というのも時代がかっているが、学生時代に読まされたドーデやメリメの短編の中なら出てきてもおかしくないかもしれない。
 とにかく授業の前の日に必死で辞典を引くのだが、プロバンスものにはやたらと農業関係というか農場にかかわる単語が出てきて、「俺はこんな小説を読むためにフランス語を選んだのではない!」と腹が立った記憶がある。
 
 例えば、「風車小屋だより」のなかの「星」だが、辻昶訳には、「私がいつも寝るところや、羊の皮をしいたわらのベッドや、壁にかけてあるわたしの大きな袖なしマントや、杖や、石鉄砲などを見たがった」なんていう文章がある。
 おそらくこの部分を訳すために、大学1年だったぼくは「皮」だの「わら」だの「袖」だの「杖」だの「石鉄砲」(こんな単語は辞書にあっただろうか)などといった単語をすべて辞書で調べたはずだ。
 何という徒労・・・。

 「束縛されて 手も足も出ない 虚ろな青春 
  細かい辞書引きゆえに ぼくは青春を台無しにしてしまった」

  せめて、「メグレ警部」でも読んでくれる先生がいなかったものか。


 2019・8・22 記


 余滴の余滴(2019/8/26記)
 東京に戻って、「小学館ロベール仏和大辞典」(小学館、1988年)でも、“souillarde”を引いてみた。
 ①(食器の洗い場や食料戸棚がある)台所横の小部屋;食器洗いの桶(おけ)、②(石けん製造用の)ソーダ槽、とあった。
 この①が追分“スイヤルド”にはぴったりだろう。食器の輝きが店の名にふさわしい。
 それにしても、“souillard”(①排水孔をつけた石、②(イノシシなどの)泥浴場)、③ぬかるみ)や、“souillaer”(汚染する、汚す)といった単語とは語源的にいったいどういう関係なのか・・・。