永井道雄・宗片邦義訳の中公バックス<世界の名著28巻>『ホッブズ』(中央公論社、1979年)に収められた抄訳で、ホッブズ『リヴァイアサン』第3部を読んだ。
上の写真は河出書房版<世界の大思想・ホッブズ>『リヴァイアサン』の扉口絵に載っていたホッブズの肖像画。作者や年代の記載はない。
ホッブズの生きた16~17世紀のイギリスは宗教改革の時代であり、1640年代の内戦もたんに国王チャールズ1世の絶対王政に対する議会派らの反発というだけではなく、「ピューリタン革命」と呼ばれるように、宗教戦争でもあった。したがって、この時期に書かれた『リヴァイアサン』(1651年出版)の、第3部「キリスト教的コモンウェルスについて」、第4部「暗黒の王国について」は重要な部分だろうと思う。
しかし、『リヴァイアサン』の全訳のうち、水田洋訳『リヴァイアサン (3) (4)』(岩波文庫)を読み通す自信はない。水田・田中浩両氏の共訳である河出書房版<世界の大思想・ホッブズ>『リヴァイアサン(国家論)』は訳者の1人である水田氏ご自身が岩波文庫の解説の中で「脱落が多い」と書いている。
なお、河出版の凡例によると、第3部は水田氏の訳、それ以外は田中氏の訳である。
結局、中公バックス版の抄訳が一番無難という結論に落ち着いた(上の写真)。
さっそくAmazon で一番リーズナブルな価格で、汚れの少なそうな古書を注文した。届いた本は、奥付に「贈呈本」という朱印が押されており、帯、月報、スリップ(売上カード)などもついた美本といえるレベルだった。当時の中央公論社の期待に反して、贈呈を受けた人は大事に飾っておいたが、読まなかったのだろう。
ただし、天地と小口は刊行から40年以上たっているのでさすがにかなり黄ばんでいる。
値段は390円+送料300円。クリックポストという追跡可能な郵便で届いた。クリックポストは1㎏以内なら180円くらいだが、宛名ラベルを作成したり投函する手間を考えれば送料(手数料込で)300円は仕方ないだろう。所沢の古書店だったが、直接買いに行けば往復の電車賃は300円では済まない。
下の写真は同書の口絵。ホッブズのパトロンだったデヴォンシャー公爵の館。ただし1696年建造とあるから、ホッブズの死後に建てられたようだ(井上宗和氏撮影)。
内容は前の書込みに書いたとおり。抄訳であることのメリット、デメリットも前に書いたとおり。
抄訳で意味が取れないときは、水田洋・田中浩共訳『ホッブズ・リヴァイアサン<国家論>』(河出書房、世界の大思想、1966年)で確認することになる。時にはOxford World's Classics, “Leviathan” (OUP, 2008)も参照したりした。
全文を全訳で読むよりは時間はかからないが、そこそこの時間はかかってしまう。こんなことなら、むしろ水田・田中両氏による全訳を自分の判断で飛ばし読みしながら読んだほうが時間の節約になったのではないかとも思った。
下の写真は中公版<世界の名著・ホッブズ>の扉口絵に載っていたホッブズの肖像画。作者、年代等は記載なし。
とくに、省略された部分に自分にとって興味のあることが書かれているのではないか、ということが気になった。
例えば、前の書込みでは書き忘れたが、第36章に「神のことば」はどのような方法で語られるかについての一節である(第17節)。神は、ときには「くじ」によって語ることがあったとホッブズは書いている。
神は、預言者たちに直接語ったほか、夢や幻、精霊によって語り、ときに「くじ」(“lots”)によって語ることもあったといい、その例として、神がカナンの地をイスラエル人の間で「くじ」によって分割したと記されていること(ヨシュア記7.16)を例示する。
残念ながら、永井・宗片訳では、「くじによって語った」とだけあるが、それ以上は省略されていた(412頁)。「くじ」によって決められた事柄がカナンの地の分割であったことは河出版の水田・田中訳によって知ることができたのである(水田・田中訳『リヴァイアサン』河出書房、1966年、286頁。原文は、Oxford World's Cassics,p.287(ch.17)を参照)。
他にも、 第41章「救世主の職務について」の中で、スケープ・ゴート(贖罪のために荒野に逃がされた羊)を決める際に「くじ」が用いられたことが述べられている(452~3頁。訳注(1))。こちらは、中公版の訳注に説明があった。
ホッブズは第2部でも、共有物を分割できなかったり、共同使用できない場合には「くじ」によって使用者を決定することを提案していた。長男による単独相続も、生まれた順番という偶然(一種の「くじ」)による合理的な決定であるとも書いていた。
「くじ」の効用が「聖書」にまで遡ること、しかもカナンの地の分割などという大問題の解決が「くじ」によって行われていたとは意外な発見だった。
2021年9月20日 記