豆豆先生の研究室

ぼくの気ままなnostalgic journeyです。

トーマス野口『検死官』

2023年01月19日 | 本と雑誌
 
 トーマス野口&ジョセフ・ディモーナ/佐瀬稔訳『検死官--Dr. 刑事トーマス野口』(講談社、1984年)を読んだ。
 前に読んだような気もするが、断捨離の前にお別れのつもりで読んだ。

 トーマス・野口といっても、もう知らない人も多いかもしれない。
 ぼくたちの世代には、変死したマリリン・モンローを検死解剖した法医学者として有名だった。日本生まれで日本医大を卒業したが、日本医学界の徒弟制度に嫌気がさして、アメリカに渡ってロサンゼルス郡検死局長にまで上りつめた法医学者である。
 ハリウッドが管轄区域だったため、有名人の変死事件も扱うことになった。本書に登場するのは、マリリン・モンローのほかにも、ナタリー・ウッド、シャロン・テート、ジャニス・ジョプリン、ウィリアム・ホールデン、ジョン・ベルーシなどの芸能人だけでなく、ロバート・ケネディその他航空機墜落事故や豪雨被害の死亡事故なども取り上げられている。

 ナタリー・ウッドやウィリアム・ホールデンの最期はまったく知らなかった。彼によれば、モンローは睡眠薬による自殺で、ナタリーはヨットでの事故死、ホールデンはアルコール過剰摂取による事故死だったようだ。
 モンロー、ベルーシなどは噂話のようなことは聞いていたが、詳細な経過は本書で知った。ロバート・ケネディの暗殺には(逮捕された犯人の外にも)致命傷を負わせたもう一人の犯人がいたのに未解決のままになったことなども知った。
 野口が担当した事件ではないが、兄のJ・F・ケネディ暗殺事件でも銃弾は4発発射されており、(逮捕された)オズワルド以外にも狙撃手がいたことが示唆されている。

 彼は、自らが担当したこれらの変死事件について公の場でしゃべりすぎるなどとして、シナトラその他の非難を受け、懲戒にもかけられる。カリフォルニアの検死官は公選制ではなく、任命制のようだ。一度目の解任請求は退けられたが、二度目の請求で解任されることになる。
 検死制度を整備して犯罪抑止を目ざし、法医学者の地位を確立したいという彼の熱意はわかるが、「出る杭は打たれる」だった。日本人に対する人種差別意識も(決して表面化することはないが)あっただろう。
 ハリウッド映画界は夢を売る産業だから、本書に書かれたようなナタリー・ウッドやウィリアム・ホールデンの最期は知られたくない「不都合な真実」だったのだろう。
 解任の背後にはそれら勢力の影の圧力があったのかもしれない。ただし解任後に彼は大学のポストを得ている。

 日本でも芸能人の変死が週刊誌やテレビ番組などで取り上げられることはあるが、検死解剖結果のような公的な情報がここまであからさまに書かれたことはないのではないか。冤罪事件となった弘前大学教授夫人殺人事件を取り上げた古畑種基の「法医学の話」(岩波新書)や、上野正吉「犯罪捜査のための法医学」(弘文堂)、吉益脩夫の「犯罪学概論」(有斐閣)などでは、個別事件について、どの程度プライバシーに配慮した記述がなされていたのだろうか。
 これらの本は、みんな退職時に後輩の若手教員にあげてしまったので、確かめられない。

 2023年1月19日 記