豆豆先生の研究室

ぼくの気ままなnostalgic journeyです。

諸橋憲一郎『オスとは何で、メスとは何か?』

2023年07月04日 | 本と雑誌
 
 諸橋憲一郎『オスとは何で、メスとは何か?』(NHK出版新書、2022年)を読んだ。
 <「性スペクトラム」という最前線>という副題のとおり、生物の「性」はカテゴリー(領域)ではなく、グラデーションをもった「スペクトラム」であるいうのが著者の主張である。

 生物の性別を「オス」「メス」という2つのカテゴリーに截然と区分して、オス・メスの特徴を強調してきた従来の生物学に対して、生物の「性」は、そのような対立する2領域に区分できるものではなく、もっと流動的、相対的なものである。
 生物の各個体は、オス100%とメス100%を両極として、「オス」95%、80%、50%(オスでもメスでもない、or オスでもありメスでもある)という中間点を経て、「メス」50%、80%、95%から反対極の「メス」100%に至るグラデーションの中に位置づけられる。これが「性のスペクトラム」論である(34~5頁)。
  
 著者は、性はスペクトラムであるとはいうものの、典型的な「オス」と「メス」の区別は認めているようであり、その指標となるのは内性器である。精子をつくる精巣をもっているのが「オス」、卵子をつくる卵巣をもっているのが「メス」であるという定義法を、半分だけ正解という。著者によれば、閉経後のメスもメスである(62~3頁)。
 生物の性を決定するのは、染色体の上に存在する性決定遺伝子であり、この遺伝子(SRY遺伝子)によって受精時にはニュートラルだった胎児の生殖器が精巣の形成に向かい、この遺伝子がない場合には卵巣の形成へと向かうことになる。さらに形成された精巣や卵巣で産生される性ホルモンの働きによってオス化、メス化が進行し、性ホルモンの減少によって「脱オス化」(ジジイ化)、「脱メス化」(ババア化)という性の変動が生じるのである(67頁~)。

 さらに、生物の脳にも「性」があるが、哺乳類の場合には、出生前後に脳の性の基本形が定まる第一ステップと、性成熟期以降に性ホルモンによって雌雄に特徴的な行動を誘発する第2ステップの2段階によって脳の性が確立するという(169頁)。
 著者は、脳のことは専門外だとして、強く主張していないが、脳の性中枢の形成は、性ホルモンの影響だけでなく、脳の細胞にも存在する性決定遺伝子によって出生前後にすでに確定していて、その後の環境によっては変わらない、変えられない脳の領域があるようだ。
 人間の性自認でいえば、100%男性と認識(性自認)する「男性」から、どちらかといえば男性と認識する「男性」、「男性でもあり、女性でもある」と認識する中間点の「男性」(男性50%、女性50%)を経て、どちらかといえば女性と認識する「男性」から、女性であると認識する(女性100%)の「男性」にいたることになる(177頁)。
 著者は、メダカやショウジョウバエの脳と生殖行動の研究を紹介することで、人間の性指向についても、本人の意志によって変えられないことを示唆しているようである(178~81頁)。 
 
 ぼくも以前からこのような「性スペクトラム」論に大賛成で、法律の世界における法的な性別の男女二分法に疑問を持ってきた。ドイツなど数か国では、「第三の性」による身分登録が認められるようになっている。
 生物学的には性別を男女いずれかに決定することが不可能である。生物学で「オス」「メス」を定義することはできない! 
 にもかかわらず、法律は社会的な必要から、出生時に外性器の形態で男か女かを決定し、外性器で判別できない場合には性染色体によって決定してきた。しかし日常生活の便宜のために(立小便ができるか否かなど!)、性染色体の結果にもかかわらず、親の希望などによって性器摘出なども含む性適合手術やホルモン療法がおこなわれたために、成長した子どもが性的なアイデンティティの混乱に陥る事例があった(「ブレンダと呼ばれた少年」など)。

 本書は、このような法的性別二分法に疑問を感じ、人間の「性」の相対的、流動的な性質を検討するうえで必要な、基本的な生物学の知識を与えてくれる。ぼくは著者の考えを、ネット上に公表された学術論文で知ったが(※諸橋「性の決定に働く遺伝子たち」季刊誌・生命誌24号)、今回一般向けの新書版で読むことができるようになった。新聞などの書評欄でもっと取り上げられてよい本だと思う。織田祐二がやっているNHKテレビの科学番組などでは取り上げられたのだろうか。
 なお、ぼくには「性のグラデーション」というほうがなじみがよい。しかも両極は「オス」100%、「メス」100%ではなく、さらにその極をこえた「オス」度120%、150%の「スーパー・オス」「スーパー・メス」も存在するように思うが・・・。
 
 2023年7月4日 記 

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