豆豆先生の研究室

ぼくの気ままなnostalgic journeyです。

戸田貞三『家族構成』

2023年07月14日 | 本と雑誌
 
 戸田貞三『家族構成 叢書名著の復興』(新泉社、1970年。原著は1937年)を(斜めに)読んだ。

 同書は、大正9年(1920年)に行なわれた第1回全国国勢調査から抽出した世帯票に基づいて、当時のわが国の家族構成の特徴を統計的に研究したもので、わが家族社会学の嚆矢をなす書といわれている。
 門外漢の私は、わが国の家族が大正9年当時においてすでに、3世代以上の縦につながる「直系家族制」ないし傍系家族も含んだ「大家族制」ではなく、夫婦とその間の子からなる直系2世代の近代小家族に近づいていたことを明らかにした研究であるという紹介か引用を読んだ程度だった。

 しかし、何の根拠もなく漠然と戦前のわが家族は現戸主およびその配偶者と子や孫だけでなく、前戸主やその配偶者、戸主の兄妹、その子孫(現戸主にとっての従兄妹ら)を含む大家族ないし複合家族が原則形で、当時の戸籍はそのような家族(「家」)を公示していたと思っていた私にはまさに蒙を啓く研究だった。
 実際に、大正9年国勢調査の結果では1世帯当たりの人員は4・89人であり、戦前の「家」構成員は10人くらいだっただろうと思っていた私には意外な数字だった。
 ちなみに大正末年頃のわが先祖の戸籍には25名の親族が記載されていた。前戸主、現戸主、現戸主の妻、前戸主の妻、現戸主の子(7人)、子の妻(婦、3人)、現戸主の孫(11人)が記載されていた。ただし、死亡や分家、婚姻、養子縁組などで半数以上が消除されているので、実際にこの25人が同時に同一世帯として生活していたわけではないが、それでも10人近い「大家族」「複合家族」である。

 今回、近親婚禁止における「近親」の範囲について調べるために、何か書いてあるかと本書を斜めに読んだのだが、「近親」ないし「親族」の範囲については、当時の民法(明治民法)の「親族」の範囲が当時の日本人が共有した親族概念よりは狭いことの指摘などはあったが、近親婚についての記述は見られなかった。戸籍票などの公的統計による実証的家族研究を志した著者にとって、客観的な資料に乏しい近親婚を論ずることはできなかっただろう。
 戸田の研究は、大正9年当時のわが家族がすでに小家族化しつつあったことを実証したものと単純に考えていたのだが、彼の「小家族」論がたんなる実証研究ではなく、やがて来たるべき小家族化時代における社会保障問題を視野に収めていたことを、本書に付された解説などで知った。

 この国勢調査によると、都市部では一人世帯が30%近くあったことも本書で紹介されている。大正時代は「独身者」文化の時代だったと神島二郎が書いていたが、この時代を背景とした小津安二郎の「小市民」もの映画(坂本武、岡田嘉子の「東京の宿」など)や、昭和戦前期の日守新一が演じた「一人息子」)などは、実は今日の孤老問題を先取りしたものだったのだ。
 子の養育や高齢者の介護など、まさに現在顕在化した問題を1920年代から心配する論者がいたのである。もともと戸田は社会事業(social work?)の研究を志したが、当時の社会事業の講義が面白くなかったので(講師は誰だったのだろう?)、専攻を社会学に変更したのだという。
 100年前にこのような先覚者がいたのに、しかも少子化が顕在化して40年にもなるのに、いまだに家族制度の再興を夢見たり、少子化の歯止めが可能だと夢想する官僚、政治家はなんと暢気なことか。

 ところで、本書を読んでいて驚いたのは、戸田が使った資料の中に、大正9年全国国勢調査だけでなく、東京帝国大学文学部、経済学部の学生が大学に提出した戸籍謄本約1500~1600通というのがあったことである(177頁注22、376頁注30)。
 私が学生だった1960~70年代にも、高校や大学入学時には戸籍謄本だか抄本の提出を求められたが、よもやその大学の社会学の研究に使われることなど、誰も想定していなかっただろう。そのような目的で使用される場合があることへの事前の承諾なども得ていなかったのではないか。今日であれば、個人を特定されないような方法で統計資料として使われることですら、事前に本人の承諾が必要である。そもそも戸籍謄本の提出を求める大学など、今はないだろう。
 そう言えば、明治民法制定の際に、婚姻年齢を何歳に設定するのが医学的に妥当かを諮問された東京大学医科大学付属病院が、現在ならプライバシー侵害に及ぶとんでもない質問調査をした結果を紹介する論文を読んだことがあった。戸田の研究は、明治民法制定時(1898年)から20年以上後だが、まだ戸籍に関するプライバシー意識はそんなものだったのだ。

 2023年7月13日 記

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