40年近く前の1984年に亡くなった祖父の蔵書は、当時お弟子さんが在職していた関西のある私立大学図書館に一括して収蔵されることになった。
祖父宅の書庫から搬出される前に、まだ現役教師だったぼくは、関心のある書籍を何冊か祖父の書庫から持ち帰った。しかし、祖父の蔵書の一部を手元に置いておくことにずっと罪悪感を抱いてきた。ぼくも定年となったので、この際手元にとどめてあった本をその大学図書館に送ることにした。収まるべき場所への「返還」なので、今回は「断捨離」などとは言わない。
以下はその書籍の目録(その1)である。
岩波現代叢書に収められた本がひとまとまりある。40年近く前に祖父が亡くなった頃のぼくの関心の対象がこのあたりにあったのだろうが、ほとんど読むことなく時間が流れてしまった。
★K・レヴィット/柴田治三郎訳『ヘーゲルからニーチェへ(Ⅰ・Ⅱ)』(岩波現代叢書、1952、3年)
カール・レーヴィットは祖父の同僚で、友人だった。戦前に来日して日本の教壇に立っていたが、ユダヤ系だったため、身辺に迫った危険を逃れてアメリカに移住(亡命?)した。
敗戦後に進駐してきたアメリカ軍の将校が、レーヴィットからの伝言を携えて祖父宅を訪ねて来たことがあり、祖父の知人が進駐軍のレッド・クロスに就職する際には紹介状を書いてくれたと聞いた。その後来日したこともあったようだが、祖父とは再会できたのだろうか。
本書の解説を見ると、1897年生まれで祖父より1歳年長だが、祖父は「レーヴィット君」と呼んでいた。
★H・D・ラスウェル/久保田きぬ子訳『政治--動態分析』( 〃、1959年)
原書の表題 “Politics:Who gets what, when,how” のほうが内容にふさわしそうである。
★R・ホーフスタッタ―/田口富久治・泉昌一訳『アメリカの政治的伝統--その形成者たち(Ⅰ・Ⅱ)』( 〃、1959、60年)
ジェファーソンからF・ローズヴェルトまで、各時代を代表する10人の政治家を取り上げて、アメリカの政治的伝統を時系列に描いた書(らしい。目次を眺めただけなので)。興味深い人物評もあるけれど、アメリカへの関心がほぼなくなってしまったので、もう読むことはないだろう。
★H・J・ラスキ/飯坂良明訳『近代国家における自由』( 〃、1951年)
ぼくは学習院大学法学部政治学科も受験した。もしここに行っていれば飯坂さんと出会っただろうし、その後の人生も当然変わっていただろう。確か飯坂ゼミの女子学生がミス・ユニバースか何かの日本代表に選ばれたという記事が新聞に載ったことがあった。司法試験の政治学の勉強で飯坂さんの教科書(確か学陽書房版だった)を読んだ。分かりやすかった。※飯坂・井出嘉憲・中村菊男共著『現代の政治学』(学陽書房、1972年)だった。
★ 同 /辻清明・渡辺保男訳『議会・内閣・公務員制』( 〃、1959年)
辻さんと渡辺さんには、編集者時代に(中曽根内閣の)行政改革に関する増刊号を出した際に、企画会議や座談会でご一緒させてもらったことがあった。
辻さんを大森のご自宅までタクシーでお送りしたこともあった。その車中で辻さんから、戦後間もないころ、わが社での編集会議を終えて、大森駅から人力車で(!)自宅に帰る途中の坂道を人力車が登れなくなったため、担当の編集者(ぼくの入社時には社長になっていた)が下りて後ろから押してくれたなどというエピソードをうかがった。
昭和20年代の戦後東京を人力車が走っていたとは!
以下は<岩波現代叢書>ではないが、一緒に掲げておく
★E・H・サザーランド/平野竜一・井口浩二訳『ホワイト・カラーの犯罪』(岩波書店、1955年)
滝川幸辰『刑法読本』では、犯罪者は無産者、被害者は有産者という構図だったが(それが発禁の原因だろう)、戦後になって中産階層の犯罪者が増えてきた時代を反映した内容なのだろう。
自然犯(殺人、強盗、放火など古今東西、誰でもが「犯罪」と認めるような犯罪)とは違って、現代のサラリーマン犯罪、政治犯罪、性犯罪などのように、制定法による定義なしには「犯罪」か否かの識別が困難な「犯罪」、そしてまた、上層階層が「犯罪」化を妨害するような「犯罪」が、本書の考察対象になっている(らしい。平野さんの解説しか読まなかったので)。「独占資本と犯罪」という、原書にはないサブタイトルを平野さんがつけた意図はこのあたりを示唆するものか。
本書は<現代叢書>ではなく、<時代の窓>というシリーズの1冊だった。このシリーズには、スメドレー/阿部知二訳『偉大なる道(上・下)』や、ラスキ/辻清明訳『議会制度の危機』などが収められていたらしい。<現代の窓>創刊の辞によれば、このシリーズは実践と理論の結合を目ざす人に向けられているという。<現代叢書>は理論書で、実践は含まないという趣旨か。
★ハナ・アレント/大島通義・大島かおり訳『全体主義の起源(2・3)』(みすず書房、1972年)
(1) はどうしたのだろう。
★ 同 /阿部斉訳『暗い時代の人びと』(河出書房新社、1972年)
この本が阿部斉さんの翻訳だったとは。
祖父は戦争中のレーヴィット君のことなど思いつつ読んだかもしれない。パレスチナ人とイスラエル人がお互いの行為をジェノサイド(大量虐殺)と罵り合う時代に、アレントがイスラエルのことをどう考えていたのか関心はあるが、この本から今日の問題の解決が見つかることはないだろう。
受験時代の世界史で、今日の中東問題は近代に入ってからのイギリスの三枚舌外交によってもたらされた悲劇であることを知った。たしか東大学コンの模試の解説冊子で、秀村欣二さんが解説していたと記憶する。フセイン=マクマフォン協定でアラブ支持を密約しておきながら、バルフォア宣言でユダヤ人国家の建設を支持し、さらにサイクス=ピコ密約でオスマン帝国の領土を大国間で分割することを密約していた! アラブから石油・農産物を獲得し、ユダヤ資本からは軍事費支援を得る目的だった。
先日のNHKテレビ「映像の20世紀・アラビアのロレンス」も同趣旨だった。ロレンスは後に自分が英国政府に利用されていた事実を知って自らの過去を恥じ、アラブ人に謝罪し、英国政府からの叙勲を拒否したという。こんなことをやっているうちにイギリスは衰退し、100年後のいま、アメリカも衰退しつつある。
2023年10月25日 記