西国四十九薬師めぐりの弥勒寺を終えて、多気町の神宮寺に向かう。と、ルート選びで一般道を選択して地図を見ると、国道368号線を走る途中に名松線の伊勢奥津駅がある。これは面白い。
名松線は松阪から伊勢奥津までのローカル線だが、元々はその名前が示すように、名張まで結ぶことを目的として計画された路線である。しかし、後の近鉄大阪線が開業したことでその意義も失われ、長く盲腸線のローカル線となった。その後、たびたび台風の被害を受け、そのたびに廃止の話も取りざたされた。直近では2009年の台風被害でJRは家城~伊勢奥津間のバス転換の方針としたものの、その後の地元との協議で、地元の協力を条件に存続を決め、2016年に全線復旧となった。私もその後で乗りに行き、伊勢奥津駅から周遊バスを使って北畠神社や道の駅を訪ねるミニツアーに参加したことがある。
伊勢奥津と名張の間はバスが運行されていたが、このたび直通運転がなくなり、鉄道~バス乗り継ぎで「名松線」とするのは事実上不可能となった。まあそこはクルマであるが、その後を想像しながら走るのもいいだろう。
今回たどるのは名張からではなく隣の桔梗が丘からだが、ベッドタウンとして開かれた一帯を抜けて山間部に入る。
桔梗が丘ゴルフクラブを過ぎるとダム湖が広がる。比奈知ダムである。名張川から木津川を経て淀川へとつながるところで、ここにも淀川水系があるのかと感心する。こうして見ると、三重県でも名張というのは(水系でいえば)関西とつながっているのだなということが窺える。
この先は名張川に沿って走る。ダム湖の上部は清流といってもよく、鮎などの川釣りのスポットのようだ。時折、川の真ん中に入って竿を構えている人の姿を見る。
名松線の名張までのルートはこの名張川に沿ったものだったという。ただ、近鉄(当時は前身の大阪電気軌道や参宮急行電鉄)が青山トンネルを開通させたことで、ここに鉄道が走ることはなかった。今は国道368号線とはいいつつも、時折道幅が狭い区間に出会う。
名張市から津市に入ったが、なぜかその後に「奈良県」の表示が出る。これには驚いた。別に、道を間違えていないよな・・・。この辺りは地形も入り組んでいて、部分的に奈良県の御杖(みつえ)村が含まれる。紀伊半島の中でどっぷり奥深いところの一角と言えるだろう。
そこに道の駅が見える。道の駅伊勢本街道御杖というところで、大和から伊勢へ続く伊勢本街道との合流地点ある。伊勢本街道は奈良の桜井から榛原、宇陀、曽爾村、御杖村を経て伊勢に入る、伊勢への最短ルートである。現在の国道369号線に受け継がれている。入口の前にはマスク姿のせんとくんが出迎えており、間違いなく奈良県である。
御杖という地名も由緒ありげだがはたしてそうで、その昔、垂仁天皇の皇女である倭姫が、天皇の命で天照大神を祀るのにふさわしい地を探して各地を回った。その途中、この地に立ち寄った際、候補地ということで杖を残したという。結局天照大神を祀る地に選ばれたのは現在の伊勢神宮なのだが、その倭姫の話からここが御杖という名前になったという。
時刻も12時を回っていて、せっかくなので昼食とする。道の駅には日帰り温泉もついているが、この先はまだ長く時間が読めないので、食事だけいうことで。併設のレストランにて、「やまと姫御膳」というのを注文。古代米に3種類のそば、天ぷら、刺身、肉の煮つけなど結構種類がある。クルマの移動でなければ一献やってもいいくらいだ。
再び三重県に入り、沿道には伊勢本街道の幟も見える。もう少し走ると街道の宿場町だった奥津に差し掛かる。
その中にあるのが伊勢奥津駅。ちょうど10分ほど前に松阪行きの列車が出たばかりだったのが残念。まあ、ここは狙っていたわけではないのだが。人の姿もほとんどないが、駅前にクルマを停めて少し周辺を散策する。
駅のホームにも上がる。現在は行き止まり式のホームが1本あるだけだが、かつては引き込み線などもあった。そして奥には今も給水塔が残る。ツタに覆われてすっかり周囲の自然の景色に溶け込んでいるように見える。
宿場町も少し歩く。周辺の家々は町の雰囲気を少しでも出そうと、軒先にのれんをかかげている。名松線で来ると奥深い終着駅だが、伊勢本街道を西から来るとちょうど集落が開けたところに位置しており、ほっと感じるものがある。
先ほどから空には雲が出ていたのだが、伊勢奥津駅を出発するのに合わせたかのように雨粒が落ちてきた。雨の予報は出ていたかな。まあ、夏場の山の中だから天気の急変があってもおかしくない。この先、宿に着くまでの間に雨は降ったりやんだりを繰り返す。
しばらくするとまた道幅が狭くなり、これまでにないカーブの連続となる。仁柿峠越えの道で、急勾配とまでは行かないまでも山肌にへばりつくように道をつなげることで高度をクリアするのだが、そのぶん行き違いも難儀する。走るのは国道だが、どちらかといえば「酷道」の部類だ。しかも雨の中。
4~5キロほど走って集落に出て、酷道区間も終了。茶倉という道の駅に立ち寄る。茶倉とはまた独特な名前である。展望台に上がると茶畑を見下ろすことができるが、伊勢茶から来ているのかな。
ここから神宮寺までもう一息というところで、雨脚がより一層激しくなった。ワイパーを最大にしても視界が十分に取れない。午前中は晴天だったのにえらい違いである・・・。