杉江敏男監督の'61年作品『大学の若大将』をスカパーの日本映画専門チャンネルで見ました。加山雄三主演の『若大将』シリーズの第1作で大学の水泳部の話でしたが、60年安保の翌年に作られ、フランスではヌーヴェル・ヴァーグが既に始まっていたのが嘘であるような、見ていて気恥ずかしくなる映画でした。
さて、昨日の続きです。
コトブキは小学校に入ると、友人の家にあるものが、自分の家には何ひとつない、ということに気づいた。例えば車。それにエアコンやパソコン、キャンプに連れていってくれる父親、チーズケーキを焼いてくれる母親、野球のグローブ、と数えあげたらきりがない。ツバサは、子供は食べ物だけで大きくなると思っているようだった。ゲームや最新の玩具、ギャグのきいた文房具が、友人たちと話を合わせるために必要だということが理解できなかった。そんなことが何回もあって、いつの間にか言ってもしょうがないと、コトブキはあきらめることにした。中学にあがり、クラス中の誰もがカッコイイと認める雪夫と仲良くなった時は、このチャンスを逃すまいと、コトブキは必死になった。高校に入るとすぐにバイトを始めたが、自分が働き出すと、雪夫と同じものを買うのは、並大抵のことではないことはすぐにわかった。お金になるのは、引っ越し屋だった。そしてフツーの家にあるあふれんばかりのものを見て、自分の家を思い、惨めになった。だから、雪夫がバンドをやろうと言いだした時、なんだか目の前がぱんッとひらけたような気がした。コロブキからバンドをやると聞いたツバサは「お前、そんなに音楽が好きだったのか?」とだけ言って、驚いた。バンドをやると宣言してから、ツバサの方もまた、コトブキのことがよくわからなくなってしまったようだった。コトブキは、ただひたすらギターの練習をした。
本格的に夏が来ようかという頃、竹月はツバサの店にやってきて、そのまま居ついてしまった。蕗子さんが本人のたっての願いで、ツバサの家の近所の病院に入院してしまったのだ。昔つきあっていた、うんと年下の男が、今そこで内科の部長をしているらしく、できれば、その男に見取ってもらいたいと蕗子さんが言いだしたらしい。竹月はコトブキに「バンドの方はどーよ」と声をかけると、コトブキは、ツバサがいないのを確認して、小声で、「いい感じですよ」と答えた。「いい感じって、どれぐらいいい感じなんだよ」。コトブキはインディーズのCDを出さないか、という話がきていることを告げ、「ツバサには絶対に言わないでよ」と年押しした。バンドが成功することは、ツバサの元から離れようとすることで、コトブキはそのことを「悪」だと思い込んでいるようだった。竹月が病院へ行くと、明らかに蕗子さんの様子が変わっていた。すぐに看護師に訴えたが、相手にしてくれない。やがて、とうとう瞳孔が開いてしまって、竹月が力なくそのことを告げると、ようやくナースセンターがあわて出した。竹月は蕗子さんが集中治療室に運ばれてから、彼女が見ていた天井のシミや、何度もつかまっていた手すりの肌触りなど、全部を覚えておきたくて、しばらくそこから動けなかった。
ツバサは竹月から、コトブキのバンドが文化祭で舞台に立つらしいと聞いた。見に行くかと聞かれたツバサが「どうかなぁ」と答えると、竹月は「コトブキは、大丈夫だよ。お前がいなくても何とかやっていくよ」と言う。「竹月さんは知らないんですよ。コトブキがどれほど子供か。あんなのが1人でやっていけるわけがない」とツバサは断言し、「蕗子さんのことは、あきらめきれたんですか」と聞くと、竹月は「そりゃ、無理だよ。でも、蕗子さんは、大泣きした後、必ず最後に『しょうがない』って言うんだよ。だから最近オレも呪文みたいに言ってるのよ。『しょうがない』ってさ」と答えた。ツバサが中途半端な時間に目が覚めて台所に出ていくと、コトブキが再放送のドラマを見ていた。ドラマが終わってもコトブキは動かず、珍しく話があると言ってきた。文化祭でクラスが模擬店をやるのだが、ハンバーガー屋をやるので、パンを安く提供して欲しいと言う。店まで取りに来ると言うので、原価でやってやると約束した。ツバサは思った。コトブキにはコトブキの人生を歩ませてやろう。文化祭が終わったら、ここを去る用意を始めよう。(また明日へ続きます‥‥)
→「Nature Life」(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto/)
さて、昨日の続きです。
コトブキは小学校に入ると、友人の家にあるものが、自分の家には何ひとつない、ということに気づいた。例えば車。それにエアコンやパソコン、キャンプに連れていってくれる父親、チーズケーキを焼いてくれる母親、野球のグローブ、と数えあげたらきりがない。ツバサは、子供は食べ物だけで大きくなると思っているようだった。ゲームや最新の玩具、ギャグのきいた文房具が、友人たちと話を合わせるために必要だということが理解できなかった。そんなことが何回もあって、いつの間にか言ってもしょうがないと、コトブキはあきらめることにした。中学にあがり、クラス中の誰もがカッコイイと認める雪夫と仲良くなった時は、このチャンスを逃すまいと、コトブキは必死になった。高校に入るとすぐにバイトを始めたが、自分が働き出すと、雪夫と同じものを買うのは、並大抵のことではないことはすぐにわかった。お金になるのは、引っ越し屋だった。そしてフツーの家にあるあふれんばかりのものを見て、自分の家を思い、惨めになった。だから、雪夫がバンドをやろうと言いだした時、なんだか目の前がぱんッとひらけたような気がした。コロブキからバンドをやると聞いたツバサは「お前、そんなに音楽が好きだったのか?」とだけ言って、驚いた。バンドをやると宣言してから、ツバサの方もまた、コトブキのことがよくわからなくなってしまったようだった。コトブキは、ただひたすらギターの練習をした。
本格的に夏が来ようかという頃、竹月はツバサの店にやってきて、そのまま居ついてしまった。蕗子さんが本人のたっての願いで、ツバサの家の近所の病院に入院してしまったのだ。昔つきあっていた、うんと年下の男が、今そこで内科の部長をしているらしく、できれば、その男に見取ってもらいたいと蕗子さんが言いだしたらしい。竹月はコトブキに「バンドの方はどーよ」と声をかけると、コトブキは、ツバサがいないのを確認して、小声で、「いい感じですよ」と答えた。「いい感じって、どれぐらいいい感じなんだよ」。コトブキはインディーズのCDを出さないか、という話がきていることを告げ、「ツバサには絶対に言わないでよ」と年押しした。バンドが成功することは、ツバサの元から離れようとすることで、コトブキはそのことを「悪」だと思い込んでいるようだった。竹月が病院へ行くと、明らかに蕗子さんの様子が変わっていた。すぐに看護師に訴えたが、相手にしてくれない。やがて、とうとう瞳孔が開いてしまって、竹月が力なくそのことを告げると、ようやくナースセンターがあわて出した。竹月は蕗子さんが集中治療室に運ばれてから、彼女が見ていた天井のシミや、何度もつかまっていた手すりの肌触りなど、全部を覚えておきたくて、しばらくそこから動けなかった。
ツバサは竹月から、コトブキのバンドが文化祭で舞台に立つらしいと聞いた。見に行くかと聞かれたツバサが「どうかなぁ」と答えると、竹月は「コトブキは、大丈夫だよ。お前がいなくても何とかやっていくよ」と言う。「竹月さんは知らないんですよ。コトブキがどれほど子供か。あんなのが1人でやっていけるわけがない」とツバサは断言し、「蕗子さんのことは、あきらめきれたんですか」と聞くと、竹月は「そりゃ、無理だよ。でも、蕗子さんは、大泣きした後、必ず最後に『しょうがない』って言うんだよ。だから最近オレも呪文みたいに言ってるのよ。『しょうがない』ってさ」と答えた。ツバサが中途半端な時間に目が覚めて台所に出ていくと、コトブキが再放送のドラマを見ていた。ドラマが終わってもコトブキは動かず、珍しく話があると言ってきた。文化祭でクラスが模擬店をやるのだが、ハンバーガー屋をやるので、パンを安く提供して欲しいと言う。店まで取りに来ると言うので、原価でやってやると約束した。ツバサは思った。コトブキにはコトブキの人生を歩ませてやろう。文化祭が終わったら、ここを去る用意を始めよう。(また明日へ続きます‥‥)
→「Nature Life」(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto/)