どこまでだって歩いていけるさ

2012年1月22日 それまでの日記を引き連れてOCN Cafeから移住。
新しい扉の向こうには何があるのだろうか。

式典は苦手

2007年03月13日 | 日記
3月といえば卒業で まっ 人生色々あら~な

明るい未来を夢見る人も 俺たちに明日は無いなんてうい人もいるだろうけど

とにかく式典ってものは付き物だ

私はこれが大の苦手ときている

好き嫌いじゃない 苦手なのだ

貴方は変わっているからね なんて言われる所以の一つだ

ところで 昨今騒がれるのが今の時期の国歌斉唱

小学校の時 音楽の先生が国歌の歌詞の説明をしてくれた

よく憶えている

高校の卒業式はさぼった

大学では入学式にも参加しなかった(卒業式は言うに及ばず)

校歌は誰でも知ってるものだが 私は歌ったことが無い

国歌は良いものだと思っている

あっても良いものだと思う

人の集合単位の一番小さいものが家族だとしたら 家族歌ってのはあるのだろうか

東京は 東京音頭がそれか^^

なら 地球歌ってのはあるのか?

一体どんな歌詞になるのかと 想像するだけで可笑しいのだが

何か どちらも少し違う気がする

私は 両者の熱の外にいる気がする

平凡な市民は 案外冷静にまっとうに受け止めている そんな気もするのだが

あはっ 非凡なる変人の私は それにも該当しないかもしれないけど

果たして新聞紙上では またまた話題になるのだろうか

ノンポリの私は それを見ながら 式典ってやだねぇ~なんて言いながら 耳掃除でもしてるだろうけど
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酔っ払いの戯言と思って読んでくれ

2007年03月13日 | 日記
カフェは足跡が真骨頂だと私は思う

日記がどんなにアホらしくとも また何処から借りてきたのかと思うような立派な文章で飾られていようとも

御託や薀蓄を語ろうとも 自慢話に花を咲かせようとも

生きる苦悩を語ろうとも 生きる喜びを語ろうとも

残す足跡がダサイのは 話にならない

たった一人の相手に向かって残す僅か30文字程度の言葉にこそ価値があると私は思っている

それはたった一回限りの出会いであってもだ

いや だからこそじゃないのか

検索をしていれば 多くのブログに否が応でもひっかかる時代だ

なかなか読ませるものも多い

あちらが高層のインテリジェントビルならば こちらは庶民的な町家か長屋といった感がある

現代においては そのどちらの形態も必要だろうし カフェの魅力を発揮するなら何よりもまっとうな足跡

何がまっとうかは各々考えが違うだろが まっとうな人間なら判ると思う

足跡はたった一人の人間に向かって発する言葉

その向こうに受け取る人が居る事を 忘れてはならない

再度言うけれど 受け取るのはPCでもモニターでも仏像でも飲みかけのコーヒーカップでもない

嬉しかったり悲しかったり 疲れていたり病気だったり それでも感じる心のある人間なのだ

そうでないのなら言ってくれ 人間用の言葉しか私は持ちあわせていないのだから 

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