どこまでだって歩いていけるさ

2012年1月22日 それまでの日記を引き連れてOCN Cafeから移住。
新しい扉の向こうには何があるのだろうか。

サイドビジネス

2006年05月16日 | 日記
最近 お弁当を作っている

母が病気になる以前は そうしていた

それから生活が変わった

母の回復はとても遅く 私も極楽トンボではいられなくなった

お弁当の再開は 朝 ご飯を仏前に供える為

それから 半合より一合炊くほうが美味しいから

朝食用では余るから それでお弁当に

でも作るのも 帰宅してお弁当箱を洗うのも結構大変

残業地獄になったら 多分出来なくなるかも

会社では 俺にも作ってきてくれ お金は出すからと

へっへ~美味しそうでしょ~

サイドビジネス始めますかぁ~

価格は…原価の3倍ねぇ~
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感謝します

2006年05月15日 | 日記
今日は珍しく仕事にぽっかり穴の開いたような一日

ということで19:00に帰宅してから簡単な料理を作った

勿論飲むから 後片付けも済ませてしまう

で こうしてカフェを開いている訳だ

料理を作りながら考えた

帰宅して暖かい あるいは冷たい食事が黙っていても出てくる生活って 幸せなことなんだなぁ~と

無論 今だって自分の好きな物を好みの味付けで作ってイッパイやるのだって十分幸せだが

まだまだ若かった頃 よく親に言われたものだ

感謝するということを

そこで 気が付いた

感謝する心って 実は自分が幸せだってことを認識する作業なんだって

役割があり 仕事があり 愛する人があり 友があり

寝る場所もあり 美味しいお酒もあり(笑)何より健康でもある

これ等を当たり前と思っては 人生が浅くなるような気がする

有難いなぁ~って思うと 凄くリッチな気分

感謝するってことは そういうことなんだなって今更ながら思った
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母を紹介します

2006年05月14日 | 日記
母がどんな人かというコメントを頂いた

私は頂いたコメントに自分のページでは返事をしないと決めているので 此処で母を紹介

と言っても 日記には何度か書いている事だけど

母は几帳面で 夫と子供を大事にする人だった

躾には厳しかったが 清く暖かい人だった

6歳の私に 理性を説いた人でもある

そして…ちょっと世間知らず~

日記に書いたことがあるが 若い男性を紹介しますという電話を受けて 間に合ってますと答えた母

其れって…本当に間に合ってるの~と思った私

贅沢な事は何も望まなかったが 本物を知っていた

食材にはうるさかった

父は 母の純粋なところが気に入ったのだと 母が亡くなってから私にそう言った

欠点は甘え下手だった事 そして自分のキャパシティーを超えると反撃に出た事

子連れ同士の再婚で生まれた母だから 難しい環境の中で育った

それゆえ一層身につけた愛情の細やかさ

家族のために力イッパイ生きた

それが出来なくなった時 とても悲しそうだった

水仙と鈴蘭が好きだった

母らしいと思う    
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母の日とカーネーション

2006年05月14日 | 日記
明日で父が亡くなって一ヶ月

事務的な手続きもなんとかこなし 一人の生活にも慣れてきた

というわけで昨夜は酔うために飲んだ

そして眠ってしまった

今日は母の日である

私が10歳の頃の母の日に ソックスと5本のカーネーションを贈った

母は喜ぶより先に カーネーションは買い過ぎだと言った

この日のカーネーションは高くなる

はっきりとした記憶は無いが 多分一ヶ月分のお小遣いをはたいたと思う

私は子供の頃から金銭感覚はしっかりしていた

姉は欲しい物はすぐに買い よく私にお金を借りていたが 私は計画を立て 貯金してから買うタイプ

だが必要と思うもの どうしても欲しい物 そして愉しい贅沢にお金を使うのも大好きである

昔 甥っ子に~~ちゃんって太っ腹だね~と言われた事があったが 散財する楽しみだってある

母の日に一度こうしてみたかった

だから 私の子供心はとても傷ついた

後年 これは笑い話となったが

これでもかと言わんばかりに並んだ花屋のカーネーションをこの時期見かける度に 私の心はあの頃に戻る

思い出す母もとても若い

今日 買い物に出かけたら カーネーションを1本だけ買ってこよう

でもねお母さん 私の胸には抱えきれないほどのカーネーション

見えるでしょ? それを贈ります

そうそう 本日の一曲目を忘れていました

カサンドラ・ウィルソンのタイム・アフター・タイム

今日は 強く暖かく広大な女性ボーカルを

なんと言っても 母の日だもの
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もしも・・・

2006年05月13日 | 日記
人とは面白いもので もしも なんていう無意味な事を考えたりする

もしもあの時こうしていたら もしもあの時こうしていなかったら なんてね

我が社のクライアントの社員で飛行機嫌いの人が居た

その人が 仕事で止むを得ず生まれて初めて飛行機に乗った

御巣高山に墜落した

勿論私が入社後に聞いた話だ

乗り遅れてこの惨事を間逃れた人もいただろう

運の悪さを笑うべきか 悲しむべきか

人の一生は こんな運命の悪戯で如何様にも変わってしまう

父は赤紙一枚で戦地に行った

軽い結核は無視された 

私が顔も見たことも無い父の兄は 南方へ行った

父の話では 家族を思い 兄弟を思う良い兄だったと

洋画に連れて行ってくれたのも この兄だったという

その人は南方で戦士した 

ハーモニカだけが 我が家のお墓に入っている

お骨さえ帰っては来なかった

父は上官に逆らう人で 転地になった

上官の部隊は全滅となり 父は生きて帰った

俺はついてるんだ それが父の口癖だった

もしも は 考えてはいけない世界

もしもあの時出会わなければ 見知らぬ二人のまま

そんな歌詞があったかと思うが 私は当たり前だと思う

人生を生きるのに もしもは禁物

運命の女神に遊ばれようが導かれようが それが人生だと割り切っている

それでも人はタフに生きる

それが私の美学
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