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10月13日午前7時25分、鶴岡出身の作家、丸谷才一が心不全のためこの世を去った。享年87歳である。生前、誕生日の8月27日ごろ、鶴岡から届くだだちゃ豆は大好物であったという。礼状に「ダダチャ豆の一番おいしい時期に生まれたのが自慢のひとつ」と書いた。
同じ鶴岡出身の藤沢周平が鶴岡を海坂藩として小説の舞台にしたが、丸谷才一には故郷が舞台にした小説はあまりない。短編小説『秘密』は珍しく鶴岡が舞台になっている。
「鶴ヶ岡の町の西端をなぞる青竜寺川は、番田村を過ぎたところで水流は三つに裂け、本流も水深が浅く、人工的な優しさを両岸に加える。土地の人はこのあたりを番田川と呼ぶのである。短い橋を又蔵は渡った。川を渡ったところから八日町の町並みが続くが、左側にぎっしり軒をならべる足軽屋敷にくらべ道の右側は村八日町と呼ばれる百姓家の集落で、ところどころ庭とも畑ともつかない空き地が目立った。」
ブックオフに立ち寄って、丸谷才一の本がないか探してみた。文庫の棚にも、日本人作家の棚にも一冊もない。新刊を扱う店では、文庫で『女ざかり』ほか、数冊が並んでいるのみである。これでは、我が家の書棚にあたった方がいいのではと思い、探すとあった。『食通知ったかぶり』である。この中に開高健に勧められて、郷里の近くの酒田へ行くくだりがある。
丸谷才一が、子どものころから食べなれたハタハタについての記述がある。
「先ず最初は田楽。次が白焼。次が塩焼。いづれも二匹づつ、ぺろりと平らげる。そしておしまひは湯揚げ。これはさっと湯がいたもので、この店では刻みネギとモミジオロシとポン酢で食べるようにと言はれたけれど、断って、醤油をかけて食べる。私見によれば、これこそは、ハタハタの脂ぎっていてしかも涼然、濃厚にしてかつ清楚、平俗でしかも雅淡な趣を味はふ最上の方法にほかならないのである。(どうです、熱がはいっているでせう。)これは五匹。」
これだけを引いただけで、丸谷が故郷とその地の味をいかに愛していたか知れよう。私は丸谷才一の小説は正直あまり読んでいない。評論の『忠臣蔵とは何か』を読み、そのユニークな視点に感銘を受けた。『文章読本』、『新百人一首』などが、懐かしく思い出される。その訃報に接して、丸谷才一が忘れてはならない日本の大切な知性であることを痛切に感じた。