
8月4日、朝の気温は低い。おそらく5℃前後と思われる。霧が晴れると、今日も好天であることが分かる。白馬山荘のウッドデッキに立つと、真向かいに剣岳の雄姿が、微かな朝の光になかに、その穂先をすっくりと立ち上げている。5時朝食をとると、先ずは白馬岳の山頂を目指す。今日の山行には、どんなドラマが待っているのだろうか。期待に胸がふくらむ。白馬岳の印象を、深田久弥は『日本百名山』のなかで述べている。「東側が鋭く切れ落ち、キッと頭を持ちあげたさまは、怒れる獅子といった感じを私はいつも受ける。颯爽たる姿である。」頂上には、丸いテーブルのような方位計があり、ここから眺望する山の名を知ることができる。ここで記念撮影した後、南進して丸山を過ぎ、杓子岳から鑓ヶ岳をめざす。

村営の頂上小屋附近にウルップソウがきれいに咲いている。今回、白馬に行きたいと考えたなかに、このウルップソウとの再会があった。手元に、山と渓谷社の図鑑『高山植物』があるが、白馬岳の斜面に咲くウルップソウの群落の大きな写真がある。私は、それを見た日を記録してあるが、平成6年7月10日、白馬岳と記されている。数えて見れば、ここに来てから23年を経ていることになる。大病もせずにここまで来られたのは、幸運としか言いようがない。ウルップとは千島列島の島の名である。シベリヤから千島、北海道の大雪山、など限られた地域で咲く高山植物である。何故かくも南の地でこの花が咲くのか、私には解くことのできない謎である。

丸山を過ぎ、杓子へ向かう途中、来た道を振り返ると、降りて来た白馬岳の雄姿が迫ってくる。リーダーの口癖だが、「立ちどまって振り返ると、また感動があるよ。」言葉どおり、わずかの時間にあの高みを下りてきて、ここに立っている現実の重みを、思わずかみしめる。深田久弥の言葉もまた、重みをもって心にうかぶ。私にとっては、降りて来た道は、とりも直さず自分が歩んできた人生の道でもある。人生の過去は、すでに茫洋として像を結ばないが、かわって白馬への厳しい道のりがそのシンボルとなって語りかけて来る。

杓子岳は巻道をとった。直登との分岐でふと見上げると、朝食をとりながら休憩しているご夫婦の姿があった。老境に達して、白馬岳を登られるカップルはどの位いるであろうか。二人はどのような人生の道程を経てきたのであろうか。かってな推測など必要もないが、そんな思いがふと頭をかすめる。日が射してくると、もう朝の冷たさはない。心地よい山風が、山行をより快適にしてくれる。それにしても、白馬三山のこの峩々たる光景を、表現する言葉を持たない。礫地の斜面にコマクサが咲いている。一つ見つけると、その下に連なって大きな群落となって薄ピンクの花が、礫地をあえかに染めている。

杓子沢のコルで小休止。コルから標準タイムで1時間、今日のメインとなる鑓ヶ岳(2903m)の頂上をめざす。昨日、体調を崩した仲間も一晩の睡眠で、体力をとり戻している。持参した昼食は、鑓温泉への分岐でとることとし、ひたすらに歩を進める。出てくる言葉は、深い山域の景観への驚嘆の言葉ばかりだ。手元に烏賀陽夫妻の『ゆっくり山旅』という本があるが、「ゆっくり登れば山の景色を心ゆくばかり楽しめます」という一項がある。「谷川のせせらぎ、雪をいただく遠い山、眼下に広がる草原、山の斜面を埋める野花 どれもこれも下界にはないものばかりです。」白馬岳の景観でも、この本の通りの景観が楽しめる。山の斜面全体を覆いつくす礫地、所々に牛の斑点のように見える残雪の山肌。23年前に見たはずだが、初めて見る光景のように思える。写真のシャッターを押す頻度が減っている。もう来ることもないであろうこの地の景観を、カメラでなく、脳裏にしっかりと焼き付けておきたい、という願望が強くなる。

鑓温泉への分岐からはひたすらの下りになる。事前の情報で、残雪が多く危険、十分に注意して降りてください、とのこと。雪渓あり、鎖場あり、すべる岩ありで先週まで事故が多発していたらしい。ここのところの好天で条件はかなりよくなっている。大出原のお花畑で、チングルマの群落や、ミヤマキンポウゲの花の写真をとる。振り返れば、鑓ヶ岳が霧にかくれたり、見えたりしている。ここから見れば、鑓ヶ岳の頂上が槍の穂先のように見える。なるほど、このためにこの山名があるのかと納得する。
鎖場や滑る岩では、リーダーが懇切に安全を確認してくれる。すぐそこに小屋が見えても、沢の雪渓がぽっかり口を開け、雪融け水がごうごうと流れている。一歩足を踏み違えてその中に転落すれば助けようがない。気をぬかず、緊張しながらようやく小屋に着く。本日の行程12キロ。荷物の片付けもそこそこに、露天風呂に飛び込む。鼻をつく硫黄泉であるが、温泉の成分が肌に沁み込んで、疲れた筋肉をほぐしてくれる。温泉の心よさを改めて確認できる。風呂上がりのビールもまた格別。次項「鑓温泉でご来光」。