
蝉の声がいやに近いと思ったら、間違えて部屋のなかに入ってきた。仰向けになって飛べなくなっている。かわいそうになって、窓の桟にとまらせると、そこに止まったまま動かずにいる。しばらくすると、部屋中に響き渡る声で鳴きはじめた。ここが気に入ったと見えて、半日も居続けた。
帽脱いで木陰に浴びん蝉しぐれ 小波
昔、北海度に住んでいたころ、樹の下に筵を敷いて昼寝をした記憶がある。川の方から吹いてくる風は気持ちがよかった。蝉が鳴くことなどめったになかったが、夏の想い出である。最近の夏の暑さには、耐えられないよう気味の悪さがある。湿度が高く、汗をかいても、身体から熱が抜けていかない。じとじととした暑さである。
蝉は卵で産みつけられてから、7年間地中にいる。そして地中から這い出して脱皮すると4日目から鳴きだす。それからわずか1週間ほどで、交配を済ませて死んでいく。はかない命である。この生きている間、蝉は木の露を吸うだけでものを食べない。それ故、蝉は聖なる生き物として、古来、ギリシャや中国で尊ばれてきた。そんなことを思い出しながら、窓辺の蝉を愛おしんでみていると、思い出したように外に飛び出して行った。蝉の寿命が終わるのを待っているように鳴きだすのがコウロギやキリギリス、秋の虫である。もう草陰で、その時期を待ちわびるようにコウロギが跳ねていた。