ねことわたしのやわらかな日々

17年一緒に暮らした愛猫を亡くしましたが、日々のささやかな幸せを、
手のひらで温めて暮らしています。

分相応に畏れる2

2017年04月15日 21時06分00秒 | 社会
先日、「山怪」について書きながら
頭の隅で考えていたことが2つある。
大地震と、先の那須高原での雪崩事故。
どちらも自然相手の災害だから。

先日参加したシンポジウムによると
地震に関するデータはせいぜい過去百年分。
プレートが形成されてから50万年経つから
日本のこんにちの防災計画のほとんどは、
わずか2%の経験値を元にしているのだとか。
その危うさたるや、想像に難くない。

(みいみは糖尿病再発。再びインシュリン治療中)

同じ危うさを感じたのが、雪崩事故。
現場責任者の教諭は30年のベテランで
経験から雪崩は起こらないと判断したとか。
でも地球の何十万年の歴史からみれば
これも「たかだか30年」でしかない。
過去30年、たまたま起こらなかったことが
今日起こらない保証はどこにもないのに。

私たちは、22年前の阪神大震災や
東日本大震災の大きな犠牲から
いったい何を学んできたのだろう。
大自然を前にしたとき
人間の「経験値」などというものが
いかに小さく、役に立たないかを
学んでこなかったのだとしたら。

大いなる自然に向かうときには、
人はもっと謙虚でなくてはならない。
分相応に畏れ、畏怖しなければ。
それを一人ひとりが学ばない限り、
那須高原のような悲しい事故も、
東日本大震災やフクシマの大惨事も
幾度も繰り返されるにちがいない。

とても悲しいことだけど
山怪」のことを書きながら
そんなことも思ったのでした。
コメント
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