ねことわたしのやわらかな日々

17年一緒に暮らした愛猫を亡くしましたが、日々のささやかな幸せを、
手のひらで温めて暮らしています。

ぶれない軸

2008年05月29日 21時39分31秒 | ねこ
わたしの日々や心が
どれほど波だっていようと、
みみにゃんは、動じることなく、
静かに、自分の日常を生きています。

安心しきって体を伸ばし、
満ち足りた様子で眠りに落ちる。
いつもながら、ちょっぴり変な寝相だけれど。

わたしの軸はぶれてばかりだけど、
みみにゃんの軸は何があっても決してぶれない、
・・・・・・・ように見える。うん。



みみにゃんの脱力パワーは
同時に私にとっては、安らぎパワーであり
幸せパワーでもあるのでした。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

やまぼうしが咲いたよ

2008年05月27日 12時05分43秒 | 花・自然
街では日に日に緑陰が深まり、
いつのまにか、すっかり初夏の装い。
近所ではやまぼうしの花が咲いていました。
大きな白い花が緑の葉に映えて、清々しいこと。

でも実は、花のようにみえる白い部分は葉っぱの一部で
本当の花は、真ん中にある緑色の球の
ひとつひとつの粒々なんだって。



秋になると、赤くて甘い実を結ぶと言うから
今からちょっぴり楽しみです。
父がその時元気でいたら
こっそりと、2つ3つ持って行ってあげよう。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

麦の海をぬけて

2008年05月25日 22時41分31秒 | 花・自然
実家から20-30分ほど歩くと、
のどかな田舎の風景が広がります。
子供の頃とは町の風景も随分変わったけれど
変わらない景色もありました。

水が豊かなこの地では
どこを歩いていても、水の流れる音がする。



いつもは父の車で通っていたけど
お墓のお掃除をしに、今日はひとり歩く道。

田植えの終わった青々した水田を抜けると、
そこに広がっていたのは黄金色の麦の海。
さわさわと麦の穂を揺らして
五月の風が吹き抜けていました。



この道を歩いたのは何年ぶりかしら。
風の音を聞きながら、
水の音を聞きながら、
なつかしい、せつない景色の中を
いろんなことを思いながら
ひとり歩いた、初夏の雨上がり。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

父の贈りもの

2008年05月24日 22時42分03秒 | 家族
父の容態は、肺炎を併発したり
麻痺が広がったりして
あまり思わしくない経過をたどってはいるのですが、
そのせいで、この頃頻繁に家族が集まります。

ここしばらくは、お盆やお正月でも
それぞれの事情や都合で
家族全員が揃うことは少なくなっていたのに。

この週末も雨の中、
姉妹3人が集まりました。
庭いじりの好きな父が植えた庭木は
真珠のような雨粒をいっぱいたたえて。



それぞれが不安や心配やいろいろな思いを抱えて
でも表面では明るく振舞いながら
こうして、父のもとにみんなが集まる時間。

これはきっと父が、
わたしたちにくれた贈りものなのでしょう。
この先きっと色々なことがあるだろうけど、
父がくれたこの贈りものに、
感謝することだけは忘れないでいよう。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

タイムマシン

2008年05月22日 22時45分00秒 | 自分自身
わたしは、これまで
今この時が一番いい、
タイムマシンなんかいらない、と
ずっと思っていました。

そしてそれを無邪気に、
いいことだと思っていました。
前だけを見て生きていくのは良いことだ、と。
振り返ったり、後悔したりするのは
良くないことだと。

でも、それは単に恵まれていただけだったのだと、
四川大地震のニュースを見ていて思います。

5万人とも伝えられる被害者の家族に
あの日の朝に戻りたいと、願わぬ人はいないでしょう。
行ってらっしゃい、と送り出したきり帰らぬ子を
もう一度だけ抱きしめたいと、願わぬ親はいないでしょう。

その人たちの悲しみを見ていると
タイムマシンがあれば、と思わずにはいられない。
ネガティブだろうとなんだろうと
もう一度だけ、愛する家族の笑顔を見せてあげられれば。

ポジティブでなくてもいい。
後ろ向きになってもいい。
人が人として抱く悲しみを自然なものとして受けとめ
今はその悲しみに、
寄り添っていてあげたいと思う。
一緒にタイムマシンを切望したいと思う。
そのくらいのことしか、出来ないからこそ。

するとわたしの中にあったポジティブ至上主義が
春に雪が溶けるように、静かに溶けてゆくのでした。
ポジティブでもなく、ネガティブでもない、
ただ自然な、ありのままの心で
悲しみを抱えた多くの人たちと共に
今はタイムマシンに乗りたいと思うのです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする