ゲッペル将軍
新緑の生々しい匂いが立ち込めている。梢をざわざわと風が通り抜けていった。深い山の中だ。深々と頭巾を被った男が太い幹を背にして立っていた。その前に片膝をついた黒服の男が首をたれている。
「邪魔が入ったというのか、スパントル。」
「申し訳ありません、ゲッペル様。不意を突かれまして。」
頭を上げたスパントルの顔には表情がなかった。頭からすっぽりと黒いマスクを被っているのだ。
「何者だったのだ。」
「大きな男で、石つぶてと紐を操ります。石でやられて人間どもは皆倒されてしまいました。」
「それでお前だけ逃げて来たというのだな。この馬鹿者!」
ゲッペルと呼ばれた男は、杖を振り上げてスパントルを打った。杖を握る手がローブから出てあらわになった。その手には皮膚がなかった。白い骸骨の手がスパントルを打ちすえているのだ。
頭巾の中で、両の目だけが闇の中に光っていた。
「お、お許し下さい、ゲッペル様。」
「お前のような奴は、こうでもしなければ分からぬ。」
「ヒーッ」
ゲッペルは杖が折れそうなほどスパントルを打った。
「二度と失敗は許さないぞ。そのときは首がないものと思え。」
「よく分かりました、ゲッペル様。」
「スパントル、心して答えよ、その男、他に特徴はなかったか。」
「はっ、鼻の下に髭をたくわえていました。」
「他には、」
「助けに来たものは、男の他に、小さな女が、」
「小さな女だと。」
「仲間からエミーと呼ばれていました。」
「何、すると男の方はバックルパーと言わなかったか。」
「さあ、それは。しかし女の方が、男をバックと呼んでいました。」
「バックルパーに違いあるまい。」
「はあ、」
「あ奴、こんな所にいたのか。」
「ご存じで、ゲッペル様。」
「黄泉の国に侵入して来おったのだ。」
「人間どもに黄泉の国への道を知る者はいないはずですが。」
「捕まえて槍で突き刺したとたんに、消えてしまった。煙のようにな。人間ならば、あの一突きで命が砕けても、消えることはない。」
「人間でなければ、何者ですか。」
「分からぬ。亡者があ奴らをかくまったので、捕らえて吐かせようとしたのだが、口を割らぬ。」
「調べましょうか。」
「二度と失敗は許さぬぞ、スパントル。」
「どうかお任せを。」
「古文書に手を出す子供らの身辺を探れ。その背後に子を操る者がいるはず。おそらくバックルパーという者も、その線でつながっているはずじゃ。」
「なるほど。」
「では行け。」
スパントルと呼ばれた男が跳躍した。二メートルを越える木の枝に軽々と飛び乗り、次の跳躍でもう別の樹の梢に移っていた。
「ヒューッ、ギギギギ」どこかで甲高い声が聞こえた。
木立の下から、いつの間にかゲッペルの姿も闇に消えていた。
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