のしてんてんハッピーアート

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四、ユングの手紙 (書庫の鍵)

2014-11-02 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

 

 机に広げたユングの手紙を取り囲んで、四人は思案を巡らせている。ミネルバの話で、手紙の伝えようとしている意味は分かった。明らかにこれは正面から書庫に入れない事を知ったユングが、エミーに対して別の方法を教えようとしたものに違いないのだ。

 図書館の配置図は、ユングらしく丁寧に書かれていて、分からない部分はなかったが、問題はメッセージの部分だった。

 『配置図右下の小さな扉から入れ。鍵は四』

 文字はそれだけしか書かれていなかった。明らかにこれを書いていた途中でユングは大変な事態に陥ったのだ。

 死因は内蔵の急激な異変で原因は分からないと医者はいった。多量の吐血は、内臓の血流が悪くなったために食道付近の静脈が膨れ上がり、一気に血管が破裂したのだと医者は苦し紛れに説明した。しかしそんな説明で納得出来るはずがなく、エミー達の心にはただユングの死だけが事実として残された。

 それにしてもユングは何を書こうとしていたのだろうか。

 「鍵が四ということはこの図から見て、ちょっと合わないよね。」

 「合わないというのはどういうことだい。」エグマの言葉にダルカンが返した。

 「図面の赤い線をたどって行けばドアは三つよ。ということは鍵は三つでいい訳でしょう。」

 「一つ多いという訳だな。」

 「どこかに鍵の必要な所があるのかもしれないな。」

 「でも、ここで鍵の数がいくつといっていても肝心の鍵がどこにあるのか分からなければ意味ないじゃない。まさか図書館に行って借りる訳には行かないでしょう。」エミーが言った。

 「そういうことだな。」カルパコが相槌をうった。

 「私、今思い出したんだけど、」エミーが不安げにつぶやいた。

 「どうかした?エミー、変な顔をして。」

 「私達がユングのアパートに行ったとき、ドアは開いてたよね、確か。」

 「どうだったか、俺は覚えがないよ。」

 「ドアをノックして、そうよ、閉まってたらおかしいよ。だって、ユングさんは中で倒れていたんだもの。もし閉まってたら、私達部屋に入れないじゃない。」

 「そう、そうよね。だからおかしいの。」エミーが真顔で言った。

 「ユングは几帳面で、用心深かったの。だから、アパートにいるときは必ず中から鍵をかけていたのよ。私達が家族で遊びに行くって日にも、私達は外でノックして鍵を開けてもらっていたもの。だから、あのとき一瞬変だと思ったのよ。泥棒が入ったんじゃないかって、それが大変な騒ぎで忘れてしまっていた。」

 「行って見よう、」カルパコが言った。 

  「どこに、」

 「ユングさんのアパートに決まってるだろう。」

 「よし、行こう。」

  四人は動き出した。決断すれば動きは早い。アモイ探偵団のモットーでもある。

  まずエミーは家からユングのアパートの鍵を持ち出さなければならなかった。ユングが死んで、持ち主のいなくなった部屋の管理をバックルパーが引き継いだ。いずれ思い出の品を残してすべてを処分するしかない。それまでバックルパーはユングのアパートをそのままにしておくことに決めたのだ。アパートの鍵はバックルパーが持っていた。

 エミーは当たり障りのない理由をつけて、バックルパーに鍵をねだった。樽の側板を削りながらバックルパーは、簡単に鍵を渡してくれた。

 「用がすんだら、きっちり鍵を締めてすぐに返すんだぞ。」

 バックルパーはそう言っただけだった。                  

  「分かったわ。」

  エミーはバックルパーの仕事場を飛び出した。

  四人がユングのアパートに着いたのは、それから二十分後だった。

  ドアの前に四人は立っていた。エミーは鍵をさして鍵の回る方向に回転させた。カチッと音がして錠の開くのが分かった。エミーはドアを引いた。

  「えっ、そんなばかな、」エミーは動転した。

 「どうしたの、」エグマが訊いた。

 「閉まってる。」

 「何だって、今、開けたんだろう。」

 エミーはあわてて、鍵を反対に回した。カチッと錠の音がした。ドアを引くと、今度は簡単に開いた。

 「最初からドアが空いていたのか。」カルパコが言った。

 「そうみたい。ちゃんと閉めていたはずなのに。」

 「とにかく入ってみよう。」

 「分かった。」

 「気をつけろ、カルパコ。」ダルカンは部屋に入ろうとするカルパコに声をかけた。

 「見ろ、」

 「これは、」

 「ひどい、どうしたのよ、これは。」

  「泥棒だわ。」

 部屋の中は、物が散乱していた。引き出しはすべて引き出され、戸棚は引っ掻き回されていた。壺や箱の類は、一つ残らず中身を床にぶち撒かれていた。何かを探した後だった。

 エミーはすぐにバックルパーに連絡し、バックルパーは警察に通報した。警察はアパートの中を調べ、エミー達から事情を聴き、大ざっぱに現場検証を済ませると、空き巣狙いの犯行と断定した。現金や金目の物は取られていないと申し出たが、単にとり忘れただけだろうと、警察は取り合わなかった。

 警察の現場検証が進んでいる間にエミーは変な物をユングの机の床に見つけた。最初この部屋に入ったとき、ユングが倒れていてゆっくり調べる余裕もなく気づかなかったのだろう。が、それはそのときからそこに落ちていたに違いない。なぜなら、それは床に落ちて、その場所でユングの血を浴びていたのだ。それがそのまま血糊で床にひっついている。エミーはそれを注意深く床からはがし取った。

 「これを見て、」エミーはカルパコにそれを見せた。黄色いお札だった。

 「これは、」

 黄色いふだは、ユングの血糊がべっとり付いていた。しかも、半分が破り取られていた。カルパコは自分の胸ポケットから一枚のお札を取り出した。馬車の車輪に踏みつけられて、ぷつぷつと小さな穴がいくつも空いている。そのお札と血の付いたお札を横に並べた。二枚は全く同じものだった。ダルカンもエミーもエグマも同じお札を机に並べた。

 「ユングさんもこのお札をもらっていたんだ。」

 「四丁目のジルの店と関係があったのだわ。」

 「だから俺達を紹介したんだよ、きっとそうだ。」

 「あっ、ちょっと、これよ!これだわ。」エグマが叫んだ。

 捜査官が一瞬振り向いて、四人を見た。

 「おい、子供はそんな所でちょろちょろしない。出て行った、出て行った。」

 うるさそうな捜査官の声が飛んで来た。四人は部屋の片隅にかたまって頭を突き合わせるように座り込んだ。

  「なんだよ、エグマ、何がこれなんだよ。」

 「これよ、これ、ほらエミー、ユングさんの手紙出してよ。」

 「手紙がどうしたの?」

 エグマはエミーが出した手紙をひったくって広げた。

 「ほら、ここ、『鍵は四』とあるでしょう。」エグマは手紙を指さした。

 「この四は、鍵が四個ではなくて、四丁目の四よ。」

 「なんだって、」

 「つまり、四丁目のジルの雑貨屋、そこに行けってメッセージだったのよ。」

 「でかしたエグマ、これは大手柄だぜ。」カルパコが叫んだ。

 「エグマ、すごい。」エミーも興奮した声で言った。

 「なるほど、四丁目か」ダルカンが唸った。

 「おい、君達、邪魔だって言ってるだろ。」捜査官が苛立って叫んだ。

  四人はぱらぱらと逃げるように部屋を駆け出して行った。

  「まったく、どうしようもない奴らだ。」

 捜査官が呆れた顔をしてつぶやいた。そのころには、四人はもうアパートから道路に飛び出し、足早に歩きだしていた。

 しばらくして、不意にエミーが言った。

 「ねえ、ユングは本当に病気で死んだのかしら。」

 「あの破れたお札が気になるな。」カルパコが言った。

 「破れた半分は見当たらなかったよね。なんだか分からないけれど、破れてお守りの力がなくなった、そう考えたら、」

 「ユングさんは悪魔に殺された。そう言いたいんだろう。」エグマの後に続けて、ダルカンが言った。

 「やめてよ、そんな不気味な話。」

 「でも、そう考えているんだろう、エミーだって。」カルパコが真顔で言った。

 「もしあのお札が破れていたら、俺も馬車にはねられて死んでいたかも、しれないよな。」

 「考え過ぎよ、カルパコ。」

 「そう思いたいのだがね。」

 「それにしても、この事件、分からないことが多すぎやしないか。うまく整理しないと頭が変になってしまうぜ。」

 「そうね、そもそも依頼者自体が分からないんだもの。」

 「もし、エグマの推理が当たっているとしても、でもなぜユングさんは鍵をジルの店に預けたんだ。それだって謎だよな、一体ユングさんとジルの店はどうつながるのか。」カルパコは探偵気取りだった。

 「パルマというおばあさんは何者?これも分からないよね。」

 「この事件の依頼者という線は消えないわ。」

  「でも、目的は分からない。何なのよ、これって。」

 「まだあるぜ、ユングさんの部屋に入った泥棒、あれはもしかすると、何者かが、ユングさんの隠した鍵を取り戻しに来たのかもしれない。君の父さんが言ってたけど、金目のものは取られてなかったんだろう。あの部屋の状態は明らかに何かを探したあとだぜ。」

 「あーっ分からない。」エミーは自分のこぶしで自分の頭を何度も叩いた。

 「焦る必要はないさ。アモイ探偵団に不可能の文字はないよ。焦らずにいこうぜ。」

 「さすがリーダー、うまくまとめたね。」

 「そういうこと。」カルパコははっきりした口調で言った。

 

 

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