のしてんてんハッピーアート

複雑な心模様も
静かに安らいで眺めてみれば
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四、ユングの手紙 (女司書)3

2014-11-01 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

 

「私はユングを愛していたの。ユングは私の愛を受け入れてくれなかったけれど、それでもよかった。」

 「ユングは誠実で、いつも私を尊重してくれた。それは愛ではなかったけれど、いつかそれが愛に変わると思っていたの。」

 「ミネルバさん、どうしてそんな話を私達に?」

 ミネルバはエミーのそんな問いかけには答えず、沈み込むような深い面持ちで話を続けた。

 「休み明けの火曜日だったわ。私はあんなユングを見たの、初めてだった。」

 「・・・・」

 「ユングは館長に、古文書館の鍵の事を持ち出したの。あなた達を古文書館に入れさせて欲しいと。」

 「館長は反対したのですね。」

 「ええ、古文書館は非公開が規則だ、だれにも公開してはならないと。いつものユングだったら、それで引き下がっていたわ。でもあの日は違った。」

 「どうしたのです。」

 「ユングは、館長に食ってかかったのよ。国の歴史を非公開にするのはおかしい。真実を知ろうとしている子供達に見せられないとはどういうことだ。それが規則なら、規則の方が間違っている。ユングはそう言ったの。」

 「館長は顔を真っ赤にして、言葉を詰まらせた。そして大声で怒鳴ったの。私達はもうびっくりしてしまって、皆、仕事の手を止めてしまった。ユングも負けていなかった。一時間ほど口論が続いたわ。結局館長は怒ったまま席をたって出て行ってしまった。もちろん許可はもらえなかったわ。」

  「そんなことがあったのですか。」

 「私は、初めてユングが分かったの。私の愛を受け入れてもらえないユングの心がね。待っていてもだめだって、はっきり分かったのよ。」

 「どうしてなの、ミネルバさん。」

 「あなたよ、エミー、ユングはあなたを愛していたの。決して怒ったことのない人が、自分を省みないで激高するなんて、私はそんなユングを見て、あなたがうらやましかった、私がエミーだったらって何度も思ったわ。」

 「ミネルバさん、どうしてそんな話を、」

 「誰にも、何も知られずに死んでいったユングがかわいそうで、」

 「ユングを本当に愛していたのですね。」

 「ええ、とっても。」

  「ミネルバさん、」

 エミーはたまらずミネルバの胸に飛び込んだ。ミネルバはしっかりと、エミーを抱きとめた。

 「ありがとう、エミー。」

 ミネルバはゆっくり、エミーにかけた手を放して言った。

 「お陰で元気が出たわ。」

 「よかった。」

 ミネルバはハンカチで涙を拭いて、立ち上がった。

 「帰るわね。何か必要な事があったらまた図書館にいらっしゃい。出来ることがあれば、喜んで力になるわ。」

 「ありがとうございます。ミネルバさん。」

 草原から元の道に出ると、ミネルバは道なりに歩き始めた。エミー達はミネルバが見えなくなるまで立ち尽くしていた。

 いつの間にいなくなったのか、気が付いた時にはカラスは一羽も見当たらなかった。

 「あのカラス、どうしたのだろうな。」ダルカンが寝言でも言うような口調で言った。誰もそれに応えるものはなかった。

 

 

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