のしてんてんハッピーアート

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四、ユングの手紙 (ユングの贈り物)

2014-11-03 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

 

 

 四丁目の網目のような通りの奥まった一角に、目立たないようにジルの雑貨屋が店舗を開いている。

  エミー達が店にやって来たとき、客が一人いて、ジルは商品をいくつか取り出してその客に見せているところだった。客は後ろ向きでよく分からなかったが、やせ細った老婆だった。横を向いたとき、奇妙に長い鼻をしているのが印象に残った。

 「これにしようかの。」老婆は片腕で抱えられる大きさのかごを選んで言った。

 「これは、上物の竹を使っていますから、長持ちしますよ。」

 ジルは丁寧に受け答えして、老婆をその気にさせた。代金を受け取ると、老婆はかごを抱えて店を出て行った。老婆は杖を突いていたがその足取りはしっかりしているように見えた。

 「またどうぞ。」そう言ってジルは店の中で突っ立っている四人を見た。

 「こんにちわ。」

 「ああ、この間の四人組だね。残念ながら今日はばあさんはいないよ。」

 「そうですか、あの、ジルさん、これを見てもらえませんか。」カルパコは血の付いた黄色いお札を出した。それは半分ちぎれてなくなっていた。 

 「これは?」ジルのだぶついた大きな体が一瞬堅くなったように見えた。

 「ユングさんの部屋に落ちていました。」

 「ユングは死んだんだね。」

 「はい、でもどうして知っているんです。」

 「お札だが半分に破れてしまっている。悪魔の力が勝った証しだよ。」

 「でもどうしてユングさんが悪魔に狙われるのですか。」

 「ばあさんの話を聞いたからさ。」

 「ではこれもそうですか。」カルパコは自分のお札を出した。馬車の車輪が押し潰して出来た小さな穴がいくつも付いていた。

 「これは君のかね?」

 「はい、この前、ここを出てすぐ、馬車にひかれそうになったのです。」

 「気をつけた方がいい。悪魔は気まぐれだ。いつまたその気になるかもしれないからな。」

  「悪魔って、本当にいるのですか。」

 「いると言えばいるし、いないと言えばいない。それは心が姿を変えて生まれるものだからね。」

 「分からないわ。」

 「そう、分からないんだ。だからこれがいるんだ。」

  ジルは新しいお札を取り出してみんなの目の前に差し出した。

  「さあ、これを持って行きな。傷ついたお札は力が弱くなっている。」

  「はあ、」曖昧な気持でカルパコは黄色いお札を受け取った。

 「ところで、ジルさん、ユングは死ぬ前に、私に手紙をくれました。何かここに預かりものはありませんか。なにかそんなようなことが書いてあったのですが。」エミーはかまをかけた。

 「ああ、あるよ。」ジルはあっさりそう言って、奥の部屋に入って行った。すぐに引き返して来たジルの手に茶色の紙の包み物が乗っていた。

 「これだ。君に、エミー。」

 「ありがとうございます。」エミーは緊張してそれを受け取った。中を開けると、三本の鍵と、古い革表紙の本が出て来た。

 「鍵だぜ。」ダルカンが思わず声に出した。

 「ユングは何か言っていましたか。」エミーはジルにきいた。

 「エミーが荷物の事を言って来たら渡してくれと、」

 「他には?」

 「それだけ言って、帰って行ったよ。急いでいる感じだった。」

 「そうですか、ありがとうございました。」エミーは礼を言って帰ろうとした。三人はそれに従って店を出ようとした。

 「ちょっと待ちなよ。」ジルが呼び止めた。

 「はい、」

 「ここを出る前に、その荷物をリュックの中にしっかりしまうんだ。落としたりしたらユングに悪いだろ。」

 「そうですね。」エミーは素直に本と鍵を紙に包み直し、自分のリュックに入れた。

 「それでいい。それから、これを持って帰るといい。」ジルはカウンターの下から、同じ紙包みを取り出した。

 「これは?」

 「君の親父さんにだ。」

 「バックに?ユングからですか。」

 「そうだ。」

 「じゃあ、持って帰ります。」

 「気をつけてな。」

 四人は店を出た。雑貨屋の戸口を出て、石畳の街路に踏み出して四人が歩きだした。ジルの店での緊張が一気に緩んだその一瞬の出来事だった。かたまって歩いている四人に向かって、黒い影が横合いから飛び込んだ。

 「キャーッ」エミーは悲鳴とともに石畳にたたきつけられた。若い男がエミーにぶつかり、そのまま走り去ったのだ。何が起こったのか分からないままにうろたえている四人に向かって、次の黒い影が走った。黒い影は倒れたエミーの頭の上を走り抜け、エミーが落とした茶色の紙包みを拾い上げ、小わきに抱えて走り去った。

 「ドロボー!」

 「待てっ!」

 カルパコとダルカンはとっさに二つの影を追いかけた。カルパコは足が速かった。学校一の俊足と言われていた。カルパコは紙包みを持って逃げる男を五メートル近くまで追い詰めた。

 「待つんだ!」カルパコが叫んだ。

 そのとき男は、急に角を曲がった。カルパコが後を追って角を曲がったときにはもう男の姿はなかった。街路に面していくつかドアがあったが、どれも鍵がかかっていて開かなかった。ダルカンも走って来たが、結局そこで男を逃がしてしまったのだ。しばらくその周辺を調べたが、無駄だった。

 息を切らして引き返すと、エミーはエグマに助け起こされていた。その横にでっぷり太ったジルが立っていた。エミーの悲鳴を聞いて駆けつけていたのだ。

  「畜生、もう少しのところで逃がしてしまったよ。」

 「それは断念だったな、ここに逃げ込まれたら一生捜し出すことは出来ない。災難と思って諦めるしかないな。」ジルがさめた口調で言った。

 「エミー、大丈夫か。」カルパコが心配そうに訊いた。

 「ありがとう、私は大丈夫よ、でもユングからバックに渡す預かり物を盗られてしまったわ。リュックに入れとけばよかった。いまさら言っても遅いけど。何が入っていたのかしら。」エミーは悔しそうに言った。

 「たいしたものじゃないと言っていた。エミーの荷物のついでにということだったよ。」

 「そうですか、こんなだったら、先に中を見とくんだった。」

 「それにしても、すばしっこい奴らだ。」

 「ここにはあんなやからが多いからね、気を緩めちゃいけない。いい経験をしたと思うしかないね。」ジルは平然とした表情で言った。

 

 

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