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四、ユングの手紙 (作戦会議)

2014-11-04 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

 

 

  アモイ探偵団はセブの噴水の前に集まっていた。エミーは頬を紅潮させて昨日の事件の後の出来事を話していた。

 ジルの店の前で、ひったくりにあって、もう一歩のところで犯人を捕まえることが出来なかった。ジルに渡されたバックルパーへのユングからの贈り物は結局中身が何だったかも分からずに、何者かに盗られてまった。そのことをバックルパーに話して謝ったのだが、バックルパーは心当たりがないと頭をひねっていた。

 ユングがわざわざジルの店に持って行かなくても、ここに直接持って来ればいいし、大事なものなら必ずそうするだろう。きっとそれは店に寄ったついでに、何げなく思いついたもので事のついでにと考えたのだろう。何かは分からないが、たいした物じゃないだろう。バックルパーはそう言って、あっさり片付けてしまった。

 それより、ヅウワンの方が大変だった。勝手に四丁目に出入りしたことに対しての小言が長々と続いた。無断で四丁目に行ったのはこれで二度目だったし、あげくはひったくりに遭ってしまった。エミーのやることにヅウワンはいつもハラハラさせられ通しで、このままでは気の休まる時がない。もっと、女の子らしい事をしてちょうだい。ヅウワンの小言はバックルパーが助け舟を出してくれるまで続いた。その間エミーは首を縮めてうつむいているしかなかった。

 ヅウワンから解放されると、エミーは自分の部屋に飛び込んでユングの贈り物を改めて確認した。鍵が三本、これは図書館の裏口から古文書の書庫に至る扉の鍵に違いなかった。

 そして古びた革表紙の本があった。改めて手に取ると、それは何百年もへて来たような古いものだった。用心して開かなければ、パリパリと崩れてしまいそうな危うさと、カビの匂いが鼻についた。   

 その本の間に真新しい一枚の紙切れが挟まれていた。それはユングがエミーに書いた手紙だった。

 

  『エミーへ、この本はこの国が旧字体から新字体に変わった時に作成された辞書だ。セブ二世が王の時代に、強力な政治力で、新字体への移行を進めるために作ったものだ。それから約五十年間で新字体が定着すると、国中にあるこの辞書と書物を残らず回収し、焼き捨てた。旧字体は完全に葬り去られたのだ。旧字体で書かれた本は、わずかに王立図書館の閉鎖された書庫に残されたが、国民が目にすることは許されなかった。やがて人々は旧字体を完全に忘れ去ってしまったのだ。

  君達の申し出を館長に伝えたが、いまだ図書館はその慣行を守ろうとしてその公開を拒んでいる。このままでは真実は隠されたままだろう。

 君達若い世代が疑問を持ち、真実をつかもうとするのは素晴らしいことだと私は考えた。何度か館長と口論したが理解されなかったので、私はこっそりこの本を書庫から持ち出したのだ。だからこの事は決して他にもらさないように注意してもらいたい。もしこれがばれてしまえば、私は罰せられだろう。職を失うかもしれない。

 図書館は午後七時には警備員を除いて無人になる。その警備員も十時には巡回を終える。古文書館には人が入って来ないから、この時間帯であればゆっくり本が読めるだろう。ただし、決して本は持ち出さないこと。きちんと、もとの棚に直しておくこと、音を立てないこと。このことは必ず守りなさい。

 鍵は私が密かに合鍵を作ったものだから、図書館の方では知らない。だから安心して持っていなさい。では、くれぐれも無理をしないように。  ユング』

 

  「この本は、旧字体の辞書だったのよ。」エミーはユングの手紙を皆に見せてから上ずった調子で言った。

 「これは大変な事になってきたぜ。」ダルカンが言った。

 「真実って、どんな事なのかしら。ねえ、その本見せてくれる。」

 エグマはエミーから本を受け取った。注意深くページをめくり、興味深げにいくつかの項に見入っていた。

 「すごい、これが旧字体なのね。」

 皆は一斉に本の上に目をやった。その字体はまるで見たことのない奇妙な文字だった。それは現在の文字とは全く類似性のない文字だったのである。

 「なんだか宇宙人の文字みたいでしょう。」

 「これは、くさび文字と言われるものかもしれないな。」

 「くさび文字?」

 「よく分からないが、古い砂漠の文明に、これによく似た文字があったような気がする。」ダルカンが言った。

 「そういえば、くさびのような形をしているな。」カルパコも口を出した。

 「とにかく、これは私の領分ね。」本を丁寧に閉じながら、エグマが言った。

 「そうだなエグマ、それで完全に旧字体をマスターしてくれ。こうなったら、とことん行くしかない。我々の力で、眠らされたこの国の歴史を解き明かそうぜ。」

 「それにしても、一体何が隠されているのかしら。国の言葉を変えてまで隠さなければならなかったものなんて、ちょっと想像出来ないわね。」

 「古文書の中には、きっとそのことが書いてあるはずだ。」

 「そうよね。」

 「わくわくするぜ。僕達で歴史を書き換えるなんて、考えもしなかった冒険じゃないか。」ダルカンが身を震わせた。

 「いつ書庫に侵入するの。」エミーがカルパコに訊いた。

 「まあ待て、これは慎重に行かないと危険だ。」

 「それはそうだけど、」エミーが少し不満そうに目を噴水の方に転じた。

 「ユングさんの手紙では、この本を図書館からこっそり持ち出したと書いていただろう。」

 「確か、そう書いていたな。」

 「だが、きっとそのことはもう図書館の方にばれているはずだ。」

 「どうしてそんなことが言えるのよ。」

 「考えてみろよ、ユングさんの部屋に空き巣が入っただろう。ユングさんが死んで、葬儀が終わってからすぐだった。お金目当てではない空き巣なんてまずいないから、犯人が捜していたのはきっとこの本に違いない。そうは思わないか。」カルパコがエミーの方に目を向けて言った。

 「そうだわ、カルパコの言うとおりかもしれない。」

 「すると、図書館では、かなり警戒していると見なければならないという訳だな。」

 「その通り、だからまず、図書館の様子を探る事から始めよう。エグマはダルカンと組んで旧字体をマスターしてくれ。俺とエミーで図書館の方をあたる。それでいいかな。」

 「OKだ。」

 「それで行きましょう。」

 「ねえ、あのパネル。」エミーが会話を遮って言った。エミーの指さす先にはセブ王の噴水がそびえていた。その指先は噴水の台座に向いていた。そこにはプレートが張り付けられていて、落ちる水の幕の裂け目からわずかにそれが認められた。

 「あのパネルに文字が書かれているとしたら、間違いなく旧字体のはずよね。」

 「そうだ、よく気がついた、エミー。」

 「でも、あそこまで行けないわ。」

 「考えるのよ。きっと何か方法があるはずよ。」

 「そうだな、それにあの像の天に差し上げた手のひらの中に見えるもの、あれは何なのか、それも調べたいね。」

 「とにかく、まずやれるところからやって行こうぜ。」

 カルパコが言った。

 

 

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