地下道は自転車で通り抜けるとわずか数十秒だが、歩いて通り抜けると意外に距離がある。10mほど坂道を下り、そこから20~30m平坦な通路を進み、同じ仕様の坂道を上って地上に出るのだ。
雨傘をたたんで地下道に入ると、初老の男が先を歩いていた。
男は神経質に濡れた傘を振って雫を飛ばしている。
その飛んだ雫の跡を確かめるようなしぐさをしながら歩いていた男が、ちょうどある場所に目をやったのだ。
私ははっとして男を見つめた。
しかし男は何の反応も見せずにその場所を通り過ぎ、そのまま坂道を登って行った。
女物の靴が一足、そこに立ったまま忽然と姿を消したような、そんな形で置かれている。
確かに今もここにあるにもかかわらず、男は何の反応も示さなかった。
もしかしたら私にだけ見えているのだろうか。
突然そんな考えが浮かぶと、背中に悪寒が走った。
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