王の間
古びた天蓋付きのベッドに腐乱した骸骨が横たわっていた。その頭に王冠がめり込んでへばり付いていた。その額には円と三角の組合わさった印がケロイドのように盛り上がっている。ランバード王国の紋章だった。始祖セブ王は衰弱していた。
その寝台の前にひざまずいている骸骨がいた。胸に勲章がいくつも揺れている。
「グワッグワッグワッ、まだ儀式の目処は立たぬのか、将軍。」
横たわったままで、始祖王が言った。王は腐乱して、頬骨がむき出しになっていた。喋る度にそこから息が漏れているのだ。
「申し訳ありません。何度もランバードの王に意識を送るのですが、通じませぬ。」
「一体どうしてなのだ。」
「はっ、何者かが王のまわりに結界を張ったものと思われます。そのためにこちらの力が届かないのです。」
「こしゃくな、一体何奴だ。グワッグワッ、」
「おそらく自ら魔道師と称しているやからでしょう。パルマとパルガという老獪な奴らです。」
「魔道師とな。」
「はっ、油断のならぬ術を使いまする。どうやらこの国に侵入したようです。」
「ムムム、殺せ、殺すのじゃ。」
「仰せの通りに。奴らの仲間を一人こちらに取り込みました。すぐに全員を取り押さえてごらんに入れましょう。すでに三名を地下牢に入れました。その中にウイズビー王子もおります。」
「何、ウイズビーだと、それはよい働きをした。ゲッペル、ほめてつかわす。」
「ありがたきお言葉。」
「あやつ、儀式を拒否しおった。そのためにこの国が乱れたのじゃ。」
「どう致しましょう。」
「ちょうどよい。王に力が及ばぬのなら、ウイズビーを儀式にかけるのじゃ。わしの力が尽きる前に、奴の力を吸い尽くすのじゃ。グワッグワッグワッ、」
「なるほど、よいお考えで。仰せつけ戴ければ、早速準備を致しましょう。」ゲッペルのに吊り下げられた勲章がキラリと光った。
「何者じゃ!」突然、始祖セブ王が叫んで身を起こした。
「どうされました。始祖王様、」
「何者かがこの部屋に侵入しておる。」
「何ですと。」ゲッペル将軍が辺りを見回した。しかし王の間には二人の他には何者も見当たらなかった。
「他にだれもおりませぬが。」
「いや、確かにその気配がある。・・・そこじゃ!」
始祖王は枕元にあった短刀を、壁に架けている蛇を彫り込んだ飾り物に向かって投げ付けた。短刀はその蛇の頭を貫いた。その蛇の頭がほのかに明かりを放ったように見えたがそのまま王の間は静まりかえってしまった。
「始祖王様、一体何者です。まさか、パルマとパルガ!」ゲッペル将軍が蛇の頭から短刀を引き抜いて、柄の方を始祖王に差し出した。
「そうかも知れぬ。異質の気配を感じた。グワッグワッ、」始祖王は激しく動いた為に、激しく咳き込んだ。
「大丈夫ですか始祖王様。」
「ゲッペル、ゆっくりしてはおれぬ。グワッグワッグワッ、儀式を急ぐのじゃ。」
「かしこまりました。」
ゲッペル将軍は丁重に頭を下げた。
刀傷の付いた蛇の頭がかすかに明るんだ。その明かりが仄かな光の玉になった。そしてその光の玉がゆっくりと上昇して天井に至り、そのまま染み入るように天井の大理石の中に消えた。その動きを始祖王は見逃した。
光の玉はゆっくり城の中を浮遊し、城壁の鋭く尖った塔の中に消えた。その最上階の物見の部屋にパルマとパルガが座っていた。
「姉様、まずいことになりましたな。」
「王の代わりに王子を儀式にかけて生き延びようと考えるとは、うかつだったの。」
「カルパコの方はどうしましょうかの。皆の心に呼びかけておきましょうか。」
「それはまずいだろう。仲間に余計な不安と怒りを植え付けることになる。ヴォウヅンクロウゾの思う壷だ。」
「しかしこのままでは余計に仲間に危害が及ぶのでは。」
「バックルパーが何とかするだろう。危険だが、しばらく様子を見るのだ。」
「それにしても姉様、皆はカルパコを許せるじゃろうか。」
「分からぬ。しかしそれが出来ねば、我らの戦いは敗北じゃ。」
「それにしても可哀想なのはカルパコじゃの。」
「可哀想なのはカルパコばかりではない。始祖王こそ可哀想な存在だ。それを思うと、わしは胸が痛い。」
「姉様。」
「それより、儀式の方、何とかせねばなるまいの。」
「王子は地下牢の中、ちとやっかいじゃな。」
尖塔の周りをカラスが舞っていた。そのうちの数羽が塔の窓に止まり、中の二人を見つめていた。パルマの使いは黄泉の国にもいるらしかった。
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