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店には先客が一人あって、ひそりと背中を丸め手酌をしながら思いに耽っているように見え、中年の苦さが感じられた。
その男から二席ほどおいて横に座った私は、肴を待ち切れずに出された酒を飲んだ。酒は冷えた体にしみわたるように広がっていき、一日の出来事が自然に思いこされるのだった。
十時ごろには里依子に電話をしなければならない。帰っているだろうか。もしいなかったら伝言を頼まなければならない。その時はどう言えばいいのだろう。
どう考えても女子寮の里依子の同僚に私のホテルを伝え、連絡を頼むのはあまりいいことのようには思えなかった。
あれこれ考えながら渋面で口に運んでいると、隣の中年の男が体を横に倒すようにしてスルメの乗った皿をゆるゆると私の前まで押してきて、よかったら食べませんかと言った。肴なしで飲んでいる私への気配りだったのだろう。
その唐突さにびっくりしたが、その人の態度が実に謙虚で自然んであったために、私は屈託なくいただきますと云い、喜んで箸を運んだ。
やがて私の注文した肴が次々と出てきた。
「一緒に食べましょう。」そう言って私は男の近くに席を移り、二人の間に皿を並べた。
互いにうちとけて喋るうちに、彼は東京から商用で札幌に来たのだと言った。小樽が故郷で、懐かしさのあまり今日一日小樽を見て回って来たのだと淋しげに笑った。
私は奇声をあげてその偶然を喜んだ。
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