のしてんてんハッピーアート

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第 二 部 二、噴水の秘密 ( もう一つの建国祭)

2014-11-20 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

   

 セブズーの町を見下ろすように、小高い丘の上に立てられた城がある。周囲に高い城壁を巡らし、八つの鋭い塔が城壁から伸びている。その中央に一段と高い尖塔がそびえている、その塔にたくさんのカラスが飛び交っていた。カラスは塔の屋根に羽根を休めたり、中庭に降りて餌をあさったりしていた。

 ランバード王国の王宮がその中庭にある。堅牢な石作りながら、その内部は鏡のように磨かれた大理石や宝石をふんだんに使ったぜいたくな宮殿だった。

 その宮殿の大広間では大規模なパーティーが開かれていた。隣国から代表団を招き、国のありとあらゆるご馳走が並べられた。王宮の楽団が始終宮廷の音楽を演奏していた。毎年開かれる王宮の建国祭だった。

 ランバード王国は王権の枠の中で市民の自治を認めていた。そのために市民は比較的自由な文化をつくり出していた。市民の建国祭もその一つだった。その一方で王家はその権威を守るために王室独自の建国祭を毎年行ってきたのだ。ウイズビーは王の代役を果たすために忙しく立ち回っていた。王の病気は一向によくなる気配はなかった。建国祭には床を上げて隣国の大使の謁見を許し、親しく会談をしたいと意欲を見せていたが、体の衰えは回復しなかったのだ。

 そのために、王子は王不在の建国祭を一人で動かして行くしかなかった。従者達はそんな王子の働きを見て、さすが次期国王とほめた。

 ウイズビーは聡明で、優しさがあった。王の跡継ぎとして、セブ十七世を冠した一時期、気持を高ぶらせて、荒れた事があったが、ある日からそれはぴたりと治まった。しかし王の方はいつまでも原因不明の病気が治らず、むしろ悪化するばかりだった。そんな訳で、最近はほとんどウイズビー王子の裁量によって王宮は動いていた。ウイズビーは毎日時間に追いかけられるように過ごしていた。

 パーティーも半ばになって、隣国の代表とも礼を尽くし終えた王子は間合いを見計らって王子の居間に引き返した。居間のベランダから中庭が見えた。

 「今日はやけにカラスが多いが、何かあったのか。」王子がそばに仕える宰相ゲッペルに訊いた。

 「さあ、思い及びませぬが、確かにおおございますな。」

 「不吉な予感がする。何かの前触れかも知れぬ。」

 「そう気になさる事もございますまい。ただ、このところ、領地の荒廃が目につます。木が枯れ、禿げ山が広がっております。地方の民の中には不安を隠さない者もいると聞きまする。山が死につつあると。」

  「山が死ぬだと。」

 「山の木が頂上から枯れ初めているのです。これは山の命が地中深くに吸い取られている証だと言うのです。」

 「山の命が地中に吸い取られるだと。そんな馬鹿なことはあるまい。」

 「私もそう思いますが、山の民、マントルやエスペルなどにすでに被害が出ている様子で、そのものたちの長老がそろって山の死を口にしていると聞きます。」

 「ムム、一体何が原因なのだ。」

 「わかりませぬ。悪い空気が流れていると申す者もありますが、確かな事は何も分かっておりませぬ。」

 「ところで、この王宮にうわさが立っている異常な現象というのは本当の事なのか。調べの方ははどうなっているのだ。」

 「はっ、目下調査中です。三十人の精鋭を集めまして、城の中をくまなく調査致しておりますゆえ、間もなく事態ははっきりすると思います。」

 「しかしその怪奇な現象とは一体どのようなものなのだ。」

 「はっ、一つは、夜ごとに起こる地下室からの奇妙な音でございます。」

 「どんな音なのだ。」

 「たとえば、砂を入れた麻袋を引きずるような音が地下から聞こえるというのです。」

 「それが何なのかは分からぬというのじゃな。」

 「他に、塔を上る足音を聞いたものが何人もございます。時には何人もの足音が続いて塔を上って行くのだそうです。しかしその塔に行って調べて見ても、だれ一人そこにはいないと申します。時には足跡が残されていることもあるそうですが、人影を見たものは一人もおりませぬ。」

 「城の者に危害が及ぶようなことはないのだな。」

 「それはありませぬ。しかし城の者が不安がっておりまする。」

 「そうだろうの。父上の病気のこともある。しかし、この件、決して外に漏れぬようにせねばならぬ。市民の間に広がれば王家の権威を損ないかねない。たとえ悪魔がこの城に魅入ったとしても、わしは負けはせぬ。そちはしっかり城の者の不安を取り除いてやってくれ。」

 「ありがたきお言葉、城の者も喜びましょう。」ゲッペルは深々と頭を下げた。

 「王子様、グッコー様がお越しでございます。」従者がやって来た。

 「ここに通せ。」

 「かしこまりました。」

 グッコーはあれからずっと魔導師パルガを探している。三日の期限を切ったのに、もう一週間を越えようとしている。医者というもの、人探しは役に立たぬものだ。そう思いながら、王子の方も忙しさの余り取り合うことができなかった。何か見つけたのかもしれない。

 グッコーは居間に目を伏せたまま、おずおずと進み出て来た。

 「王子様、魔導師パルガの件、大変遅れまして申し訳もございません。」

 「三日と申しておいたはずだが。」

 「町中をくまなく捜しましたが、一向に姿をつかむことが出来なかったのでございます。」

  「そんなことはどうでもよい事だ。三日を越えた時点でお前の首はない。なぜ報告に参らなかった。」

  「まずは手掛かりをつかまねばと、そればかりを考えまして、申し訳ございませぬ。」  「それはお前の言い分。わしの言い分とは違う。つまりお前は、わしの言い分より、お前の言い分の方を大事と考えておるのだな。」

 「ははっ、めっそうもございません。」

 「ならばどう説明するのだ。」

 「も、申し訳ございません。このグッコー一生の不覚でございます。ひらに、ひらにお許しをお願い申し上げます。」

  「今度だけは許してやろう。だが気をつけることだ。」

 「ははっ。ありがたき幸せにございます。」

 「して、用件は何だ。」

 「はっ、申し上げます。その魔道師パルガと申す者、ようやく見つけ出しましてございます。」

 「見つけたのか。」

 「はっ確かに。」

 「ではすぐに連れて参れ。」

 「それが、そうは参りませんので。」

 「なぜだ。」

 「パルガは妖術を使いまして、こちらからはとらえる事は出来ませぬ。」

 「妖術だと。」

 「さようでございます。しかしついにパルガの方から接触してまいりました。城に参上すると言ってまいったのでございます。」

 「それで、それはいつなのだ。」

 「次の新月の晩と申しておりまする。」

 「新月の晩だと。間違いあるまいな。」

 「はっ。確かに。」グッコーはうやうやしく頭を下げた。

  「ご苦労であった。その日を楽しみにしている。下がってよい。」

 「ははっ。」

 グッコーは腰を折るように礼をして引き下がった。」

 「なかなか、威厳が出て参りましたぞ、王子様。よい王になりましょう。」

 「ゲッペル、そんな話はよい。それよりヅウワンという歌い手はどうなったのだ。」 

 「残念ながら、死にましてございます。」

 「何、死んだだと。」

 「コンサートがありました日に、事故で死にました。」

 「残念だな。その歌い手を継ぐ者はいるのか。」

 「子供が一人ございます。」

  「子供だと?」

 「エミーと申す、十二歳の少女でございます。」

 「そうか、会ってみたいものだ。」

 「連れて参りましょうか。」

 「いや、それでは心がほぐれまい。突然母が死んだとあってはの。」

 「ではどのように、」

 「ヅウワンの墓に参ってみようと思う。」

 「王子様自らが庶民の墓に参ると申されるのですか。」

 「そうだ。」

 「しかし王子様自ら庶民の墓になど参られては、王権が揺るぎまするぞ。」

 「忍んで行けばよかろう。」

 「ですが、前例がございませぬ。墓参りなど、必要なら誰か使いの者をやればすむことではないですか。」

 「前例などと言っておっては、物事は先に進まないだろう。」

 「それは分かりますが、しかしその墓参りにどれほどの意味があるのでしょう。」

 「私の直感がそう命じるのだ。」

 「そのために王権に傷がついても?」

 「構わぬ。」

 「ならば仰せのように計らいましょう。」

 「内密にの。」

 「御意。」

  宰相ゲッペルがさがって行った。ウイズビーはベッドに腰を下ろしてほっとため息をついた。王の代役が肩に重くのし掛かっていた。王の衰弱は尋常ではなかった。

 あの日、ウイズビーは王から、耳を覆いたくなるような王家の秘密を聞かされた。代々、王となるものが受け継いで来たというその秘密は、ウイズビーにとって耐え難い重荷となってのし掛かって来た。  

  それを受け入れるかと王は問うた。ウイズビーは首を横に振った。何百年にもわたって、そんな秘密を受け入れて来たなんてウイズビーには信じられなかった。王が語ったおぞましい王家の秘密。それを受け入れなければ、国は乱れ、国は滅ぶ。それを防ぐために王はその秘密を受け入れなければならぬと。

 王の話は信じがたかった。しかしその話を裏付けるように、最近城の中で怪奇な出来事が頻発している。山が死にかかっているという民の声もある。王家の秘密がすでに動き始めているのだ。王はそのために死なねばならぬ。それはまるでいけにえのようなものだ。どこかでこの鎖を断ち切らなければおぞましい歴史は何世紀も続くだろう。

 今のウイズビーにはそのことがはっきり見えた。あのとき、ヅウワンの歌を聞かなかったら、おそらくウイズビーは無感動のまま王家の秘密を受け入れていただろう。どこを見ても灰色の世界しか見えない心では、王家の秘密に抵抗出来ようはずはなかった。そのおぞましささえ灰色に見えたであろう。

 ウイズビーは今になって、ヅウワンの歌の力の大きさに気づいたのだ。あの歌は王家の秘密に対抗出来る大きな力をもっていたのだ。しかし、そのヅウワンが事故で死んだとゲッペルが報告した。それが本当なら、それは偶然ではなく、おそらく王家の秘密が引き起こしたに違いない。その力に気づいているのだ。

  王家の秘密が動いた。それは逆にヅウワンを恐れているということだ。ウイズビーは一人そんなことを考えていた。

  自分はそれを受け入れることは出来ない。そう王に言ったら、王は激高して呼吸も出来ないように喉を詰まらせた。

 しかし、この王を救うのは、王の申し出を受け入れる事ではない。ウイズビーは自分の心を奮い立たせて、王に立ち向かった。王の興奮はしばらく続いたが、真っすぐに見つめるウイズビーの目に慰められてやがて静かになった。

  「王家の秘密と戦うと申すのか。」

 「父上、私は父上をむざむざ殺したくはないのです。迷信はいずれ捨てねばなりませぬ。」

 「迷信ではないぞ、ウイズビーよ。これは逃れられない運命なのじゃ。国を守るためにはこれしかないのじゃ。」

 「いえ父上、父上のその思いはご自分の心が勝手に作り出したもの。王家の秘密はそれを利用しているに過ぎませぬ。私にはそれが分かるのです。」

 「国が滅ぶぞ。」

 「滅びませぬ。王家の秘密を封じれば国の民はもっと豊かになりましょう。」

 「一体何がお前をここまで変えたのじゃ。」

  「一人の町人女です。」

 「ばかな。」

 「さあ、もう気をお静め下さい。私は必ず父上をおぞましい王家の歴史から解放して見せましょう。」

 「わしには馬鹿げた話としか思えん。」

  そういって王は目を閉じた。ウイズビーの態度は王の逆鱗に触れたが、しかしその後は静かになった。何を考えているのか分からなかったが、それ以来王家の秘密を持ち出す気配はなかった。

  ウイズビーは自分の身を呈して、王家の秘密と戦う決心をした。こんな馬鹿げた話はこれを限りにしなくてはならぬ。しかし、どうやって戦うかウイズビーには何も見えていなかった。ただ若さゆえの無鉄砲さがウイズビーを支えているばかりだった。

 

 

 

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