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脇腹に激しい痛みを感じてエミーは目を覚ました。恐ろしい夢だった。死んだと思った自分は今確かに、慣れ親しんだベッドの上にいるのだ。夢だったのかと思った瞬間、エミーは全身に汗を感じた。ひどい汗だった。エミーはベッドから出てタオルで丁寧に体をふいた。
それにしても生々しい夢だった。怖くて、懐かしくて、悲しくて嬉しい、何とも奇妙な感覚が残っている。あの骸骨は地獄だったのだろうか。そこに母さんもいた。せっかく母さんに会えたのに、ごめんなさいと言ったとたんに、恐ろしい兵隊がやって来て母さんを捕まえ、バックとわたしは槍で刺されてしまった。その痛みがまだこの脇腹に残っている。
エミーはそっと自分の体を手探りで調べてみた。傷はどこにもなかった。窓の外はすでに明るかった。
下から干し肉のほぐれる甘い香りが、かすかに立ち昇って来た。バックルパーが朝食を作っているのだろう。母さんが死んでから、朝食はヤクの干し肉の他に食べたことがない。バックルパーは料理ができないのだ。
「エミー、」バックルパーの声がした。
エミーは無言で着替えをして下に降りて行った。
「おはよう、」バックルパーは努めて明るい声で言った。
「うん、」エミーは目を伏せたまま、テーブルに着いた。
「どうした。」
「なんでもないの。」
「そうか・・・、喪が明けて今日から学校だ、学校に行けば気も紛れるだろう。」
「うん、」
「さあ、早く食べてしまいなさい。」
「ゆうべ母さんの夢を見たわ。」
「そうか、偶然だな、父さんも見たよ。」
「私、何度も母さんに謝った。」
「エミー、あれは事故だったんだよ。お前のせいではないんだ。あまり自分を責めてはいけないよ。母さんもきっとそう思っている。エミーが元気に生きていってくれるのが母さんの一番の喜びだったんだ。分かるね。」
「夢の中で、母さんもそう言った。私を許すって。でも、とてもいやな夢だった。」
エミーはまだ夢の感触の中にいるようだった。そのとき、玄関でエミーを呼ぶ声が聞こえた。三人が次々にエミーの名を呼んだのだ。カルパコ、エグマ、ダルカン、いつもの三人組の声だった。曇った空から突然日が差すように、エミーの心に明るさが戻った。エミーは家の中から返事を返し、大急ぎで支度を整えて外に出た。
そんなエミーを見送ると、バックルパーは肩の荷がおりるような気がした。友達の中で、エミーの気持はすぐに癒されるだろう。
エミーはヅウワンの夢を見たと言っていたが、あの子も同じような夢を見たのだろうか、何げなくそんなことを考えながらバックルパーは食事の後片付けをして、仕事場に出て行った。
バックルパーの仕事場は、広い土間になっていた。足元には木の削りくずが散乱していた。壁際には何枚もの板が乾燥させるために立て掛けられている。窓際には様々な樽が積み上げられていた。
作業台には組かけの側板が乗っている。その足元には割り竹の束ねたものが転がっている。それは樽の側面に編み込まれて、たがとなる材料だった。
バックルパーは作業台の前に立つと木槌を使って側板を組み、手際よく丸くなったところで側板を締めて酒樽を組み上げていった。この町のコンク酒の樽はほとんどバックルパーの作った樽が使われていた。今年のコンク酒を仕込む樽の注文が溜まっていた。
バックルパーは酒樽だけでなく、水桶や手桶など、生活に必要なものは何でも作った。バックルパーの樽は丈夫で長持ちするというのが町の評判だった。バックルパーは町では名の通った樽職人だったのだ。
若いころは船に乗って世界の港を行き来したが、この町でヅウワンと知り合い結婚して陸に上がった。船の上で樽の修理などをしていた経験を生かして樽職人になったのだ。
「これからどうしていったらいいのか、」
バックルパーは漠然と思いを巡らしながら、木槌で側板の曲がり物を打ち続けるのだった。
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