
寺に向かった私は、自分がそれ相応の人物でなければならないという思いで満たされていた。表向きは謙虚にふるまっていても、心は相応の人間だという思いでいっぱいだった。そして御住職の前でそれを証明しようと、必死だったのだ。
自分をよく見せようという思いが空虚な自分を作り上げて浮き上がっていた。
本当の自分はいつも取り残されたままで、私はこんなに立派なんですよと言いたい心だけが真実を離れていい恰好をする。本当の自分から浮き上がっている。だからひっくり返るのだ。
ひっくり返らない自分。
そこに「浄土」への入り口があるのではないか。
そう思えて、やっと苦悩が収まった。
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