儀 式
「あの騒ぎは何じゃ。」
「はっ、反乱軍が押し寄せております。」
「何、反乱軍じゃと。鎮圧したのではなかったのか。」
始祖王が興奮して叫んだ。黄泉の国の城に設けられた王宮には始祖王とゲッペル将軍の姿があった。始祖王は寝台の上に身を持ち上げて上半身を起こしていた。その王の周辺に黒い無数の邪鬼が取り囲み、王の体を支えていた。
「申し訳ありません。セブズーの市民が蜂起したのです。我が軍は二千を越える反乱軍に前後を挟まれて敗走しました。その反乱軍がこの城に押しかけて来ているのです。」
「馬鹿者!おまえは何をしておったのじゃ。こうしてやる。」
始祖王は手を振り上げた。すると黒い邪鬼がムチのように飛んで将軍の体に巻き付いた。将軍の骨がミシミシと音を立てた。
「始祖王様、お、お許し下さい。」
「お前のような役立たずは許す訳には行かぬ。」
「ぐわーっ、お、お許しを。」
始祖王が再び手を上げた。すると、黒い邪鬼が霧のように動いて将軍を解放した。
「失敗は許さぬ。」
「分かりました。」
将軍は床に崩れ落ちたままひれ伏して頭を床につけた。
「儀式の用意はできておろうな。」
「はっ、すでにウイズビーの身は清められています。」
「連れて参れ。儀式の用意じゃ。急がねばならぬ。」
始祖王の体は一段と衰えているようだった。黒い邪鬼に支えられなければ身を起こす事も出来ないのだ。その黒い霧のような無数の邪鬼が始祖王の体の周りにまとわり付き波打っていた。
「分かりました。」
将軍が頭を下げて引き下がった。王の間から将軍が姿を消すと、始祖王の体から溢れるように邪鬼の群れが流れ出て来た。その黒い霧は、見る間に床を横に広がり、部屋全体に充満した。部屋は一瞬闇のようになった。その闇の中から地の底を揺さぶるような低い声が聞こえた。
『契約を忘れてはいまいの。』
「わしは何年も、契約を忘れた事はない。」
『何があっても、お前は生き延びねばならぬ。』
「分かっている。だが、ヴォウヅンクロウゾ、わしが生き延びるという契約はなかったはずだ。」
『ググググ、余計な事を言う必要はない。契約は契約だ。お前はヴォウヅンクロウゾを受け入れ続けるのだ。終わりはない。』
「始祖王様、連れて参りました。」将軍の声が王の間に響いた。
黒い霧が一瞬で始祖王の体に戻った。
「入れ。」
将軍がウイズビーを伴ってやって来た、ウイズビーの後ろにはカルパコが控えていた。
「よく来た。」始祖王が言った。
「さあ、その台に横たわるがよい。」
将軍は王の間に運び込まれた石の寝台を指さした。カルパコがウイズビーを導いて石の寝台に横たわらせた。ウイズビーはクルソンの樹皮を口に含まされていた。そのためもあってか、ウイズビーはカルパコの介添えに抵抗する事なく石の寝台に横になって目を瞑っていた。
ゲッペル将軍は石の寝台の周りにいくつも白い頭蓋骨を並べ始めた。その頭蓋骨の額にはどれも王家の紋章が刻み込まれていた。カルパコが横たわっているウイズビーに濁ったコンク酒を注いだ。部屋の中にすえたようなコンク酒の臭いが漂った。
「さあ、やるのだ。」ゲッペルがカルパコに言った。
カルパコは無言で山刀を構えた。そして思い切り振り下ろそうとした。
「待て!カルパコ、山刀を振り下ろしてはならぬ。」
どこからともなく声が聞こえて来た。カルパコはその声に戸惑った。その声はパルマの声だった。
「カルパコ、首を切るのじゃ。」ゲッペルが促した。
「だめじゃ、カルパコ、目を覚ませ。」
「一体何者、何ゆえ邪魔をするか。姿を現せ。」ゲッペルが虚空に向かって叫んだ。
「カルパコ、目を覚ませ。」
王の間の片隅にゆらゆらと白い光が現れた。その光が少しずつはっきりと形を取り始め、やがてそれはパルマとパルガの姿になった。
「何奴!」ゲッペル将軍が短刀を投げた。短刀は真っすぐにパルマに向かって飛んだ。そしてその胸元を通り抜けてその後ろの壁に突き刺さった。
「ぐぐぐっ、首を切るのじゃ。」
始祖王がカルパコに向かって命令した。それと同時に、始祖王のからだから黒い霧のような邪鬼が流れだし、カルパコを取り巻いた。
「ギギギギ、」カルパコは山刀を振り上げたまま苦痛の声を上げた。
羽虫のような邪鬼が無数に集まって、カルパコの体に食らいついていた。そしてカルパコの心を完全に支配するように闇の中に押し込めようとした。
『首を切るのじゃ。』
『首を切るのじゃ。』
『首を切るのじゃ。』
『ギギギギギ、』
「ならぬ!」
「お前は悪魔ではない。カルパコ!」
パルマとパルガが叫んだ。パルガの体から、真っすぐにカルパコに向かって白い光線が走った。その光はカルパコを取り巻いている邪鬼をはねのけ、一瞬カルパコの体が仄かに白く輝いた。
「おのれ!」
始祖王が枕元から短刀を取り上げ、呪詛を込めてパルマとパルガめがけて投げ付けた。短刀は野獣が吠えるような雄叫びを上げて飛び、妖気を巻き上げて二人に襲い掛かった。
「姉様!」
パルガがパルマをかばうように背を向けた。その背に短刀が突き刺さるように見えた。その瞬間、パルガの体から白い光が発せられた。
「パルガ!」
パルガがパルマの足元に崩れ落ちた。
「さあ、首を切れ、何をしておるのだ!」
「ウギギギギ」
「カルパコ、やめるのだ。」
パルマがパルガの背中から短刀を引き抜きながら叫んだ。
「やれ、お前を許す。」
石の寝台に寝かされたウイズビーが静かに言った。その口からクルソンの樹皮が吐き捨てられた。
「ウワーッ」
カルパコは思い切り山刀を振り上げてそのまま振り下ろした。山刀の切っ先がキラリと光って弧を描いた。ウイズビーは寝台に横たわったまま静かに目を閉じていた。カルパコの振り下ろした山刀の刃は、ウイズビーの首を切るかに見えた。しかし意外な事が起こった。ウイズビーの首を襲った刀はウイズビーの首すれすれのところで弧を描いて、そのまま通り越し、カルパコ自身の身を切り裂いたのだ。
カルパコは山刀を振り下ろすと同時に、順手に握っていた山刀の柄を逆手に持ち替えたのだ。そのためにウイズビーの首を襲うはずの切っ先が自害する刃の動きに変わったのだ。刃はカルパコの首をかすめて跳ね上がり、カルパコのはらわたを直撃した。鮮血が飛び散り、カルパコはそのまま床に崩れ落ちた。
「カルパコ!」パルマが叫んだ。
「この愚か者が!」将軍がカルパコから血まみれの山刀を奪い取り、石の寝台に横たわっているウイズビーに襲い掛かった。床に並べられた頭蓋骨が蹴散らされて転がった。
思い切り打ち降ろされた山刀の刃が石の寝台をたたき火花が飛び散った。山刃が打ち降ろされる瞬間ウイズビーは寝台を転がって山刀から逃がれたのだ。
「もう終わりだ、始祖王。今や、儀式は破られた。」ウイズビーが言った。
「そうはさせぬ。ゲッペル、山刀をもて。」
始祖王の体から黒い邪鬼が盛り上がり半身の始祖王を立ち上がらせた。始祖王はゲッペルから山刀を受け取ると、老体とは思えぬスピードでウイズビーに襲い掛かった。
ウイズビーは横に飛んで始祖王の攻撃を避けた。そのときウイズビーの背後にゲッペルがいた。ウイズビーはゲッペルに羽交い締めにされた。
「は、離せ!」
「始祖王様、私とともにウイズビーをお打ち下さい。」
「よくやった、ゲッペル。」
始祖王は山刀を振り上げた。
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