
蘭島の駅を3時過ぎに出たのであるから、もう4時は回っているかもしれない。時計を持たない私には、空を見るしかない。太陽の光はすでにこの斜面には届いて来なかった。急に日が暮れてきたように思われた。前に立ちはだかるように見える灰色の山は暗らさを増している。それはわずかな暖かささえも吸い取ってしまう魔性のように見えた。一面の雪は明るさを失い、死んだように無言になった。
不安が一気に膨れ上がり、私は忍路の村がある斜面を急いで下り始めた。雪が足を奪いつんのめり、ブーツの中は雪まみれになったが、私は転げるように駆け下りて行った。
ふとさっきの赤い羽織の少女が目に浮かんだ。転びそうになるとまん丸の黒い瞳が私を見上げている気がした。なんだかそれが私には面白かった。
足が完全に埋まってしまう所では、少女のように這いつくばって進んだ。私は全身雪にまみれていた。
しかしそうして、訳もなく忍路の村に出た。私はホッとすると同時に、妙に考え過ぎてうろたえ、峠を駆け下りてきた自分をきまり悪く思い、人に見られていなかったかと、初めて目にした民家のその向こうを見渡した。
幸い人影はなかった。私はようやく安心を得た。ブーツの中は濡れて、歩くたびに水を踏む音が聞こえ、みじめな気持ちを足の裏に感じながら村の道を歩いた。
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