係官がうんざりした顔で荷物を引き渡してくれる間際にも、私は伊藤整の詩集について話し続けていた。たわいない事柄を口走りながら、自分が余計なことを喋っていることに気付いた。しかしそう気付きながら、私は自分の中からつき上がって来る衝動をどうすることも出来ないのだった。
ナップザックを受け取るとき、私は手に持っていたスケッチブックを机の上に置いていた。するとそれを見た係官は、すかさず私のスケッチブックを取って私に差し出した。黙ってそれを受け取りながら、係官が私に対して抱いている思いを痛切に感じないわけにはいかなかった。彼の目にはうろたえて憐れな私の姿が映っているに違いなかった。私は自分の惨めさをそんなふうに見て縮みあがっていた。
私は逃げるようにその場を離れた。そのとき係官が私に何か言ったようだったが、それに耳を向ける余裕さえなかった。
私は時間の迫ったゲートに向った。すでにあたりを見回す気力も注意力もなく、それからどのようにして畿内にたどり着いたのかほとんど思い出すことが出来ない。ただゲートの入り口を駆け込む自分の姿だけが意識に残った。
HPのしてんてん
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