すっかり余裕を失った私は、改札に立っている係官を見つけると、まるで仇に出会ったかのように口から先に飛び出した。
必要以上に私がやってきた理由を身振りとともに伝えると、係官は荷物を置いている場所に私を連れて行った。見慣れた私のナップザックがいくつかの荷物とともに台の上に並べられていた。
私と同じような者が何人もいるなどと考える余裕もなく、私はわけもなく愛おしいもののようにそのナップザックを指差した。
「中に何が入っていますか?」係官は私のナップザックを手にとって訊いた。そして機械的に私の荷物をあけた。
私は咄嗟に、その荷物が私のものであるかどうか確認しているのだと理解した。そう思い至るともう私は自分を止めることが出来なかった。
私はそのナップザックがいかに自分のものであるかを証明しようとして、その証拠を細にいって説明し始めた。
係官はあっけに取られたような顔をした。しかし私はお構いなしだった。そのとき私は決定的な証拠を思いついたのだ。ナップザックの中には伊藤整の詩集を忍ばせていた。そしてその詩に甚く感動した私が、伊藤整の生地を尋ねる旅に出るのだと説明し、伊藤整の詩の一節を朗じてみせた。里依子のことは伏せておく理性の残っていることを脳裏の片すみに感じながら。
HPのしてんてん
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