徒然なか話

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大河ドラマ「江 姫たちの戦国」もいよいよクライマックス!

2011-10-23 22:15:11 | 熊本
 久しぶりに大河ドラマ「江 姫たちの戦国」を見た。早いもので今夜が第41話。残すところあと5回になり、いよいよ山場にさしかかった。今回は、有名な「國家安康 君臣豊楽」という方広寺の鐘の銘文の問題で徳川家康が豊臣家殲滅を決意し、江と淀君の姉妹が敵味方に分かれることになる、「大坂冬の陣」前夜の話だった。
 どうしても熊本人的な見方になるが、加藤清正はこの「大坂冬の陣」の3年前に亡くなっている。もし、生きていればどういう立場をとっただろうか、ということだ。関ヶ原では徳川家康の東方についたが、豊臣家が滅ぼされるということになったら清正は黙ってはいられなかったろう。3年前に復元された熊本城本丸御殿の中の「昭君の間」(一説には「将軍の間」とも)は豊臣家の有事に際し、秀吉の子秀頼を密かに匿うために造られた部屋と言い伝えられている。おそらく秀頼公を守るため何らかの行動を起こしたに違いない。もしそうなったとしたら、肥後熊本藩の歴史も大きく変わっていたかもしれない。それからこのドラマでは豊臣秀頼を太賀が演じているが、伝えられている秀頼公のイメージとはかなり異なるのが気になる。秀頼公は太閤秀吉とは似ても似つかぬ、180cmを超える美丈夫で、清正が付き添った京都二条城での徳川家康との会見の場でも、立ち会った武将たちを圧倒するオーラを発していたと言われる。その話の真偽はともかく、徳川家康も脅威を感じて豊臣家を滅ぼす決心を固めたのかもしれない。
方広寺について(「神戸の空の下で。~近畿の史跡めぐり~」より)


熊本城本丸御殿「昭君の間」