※今回の記事に温泉は登場しません。あしからず。
ちょうど一年前の春に、私はカンボジアを旅していたのですが、温泉と無縁な旅程であったために、拙ブログでその旅行記を披露してきませんでした。しかしながら、先日都内の某カンボジア料理店で食事をしていたら、無性に東南アジアが恋しくなってしまった。あぁ、すぐにでも彼の地へ行きたい。しかし、恋しいからといっても、そう簡単に行けるわけでもないのが、勤め人の悲しい宿命であります。そこで、現地へ行けない代わりに当時の画像や記録を見返して、片想いな欲求を満たすべく、今回から数次にわたって昨年のカンボジア旅行記を断片的にしたためることにしました。一年前という中途半端に古い内容であり、且つ温泉とは全く関係ない内容がしばらく続きますが、どうかご容赦を。
昨年のカンボジア旅行では、世界遺産アンコールワットの観光拠点であるシェムリアップから、首都プノンペンへ移動する際に、東南アジア最大の湖であるトンレサップ湖を縦断する船(スポードボート)を利用しました。両都市の移動では、本数や運賃面で有利な長距離バスか、短時間で移動できる航空便を選択するのが一般的であり、料金が高くて所要時間も長く、港へのアクセスが悪くて本数も一日一往復しかないというダメダメ尽くしの船は、今ではかなりマイナーな移動手段となってしまったようです。でも移動そのものだって、旅の楽しみとしては大きな要素であり、航路だからこそ味わえる景色だってあるはず。そう考えて、乗り物好きな私としては、敢えて不便でマイナーな船を選んだのでした。
乗船日:2014年3月某日
乗船区間:シェムリアップ→プノンペン
●シェムリアップのホテル
本題へ入る前に、シェムリアップで泊まったホテルのことをちょっと触れます。ホテルの名前は「ヴィラ メダムレイ (Villa Medamrei)」。アンコールワットという世界屈指の観光地を擁する街だけあって、ホテルはそれこそ星の数ほど存在し、この宿もそんな宇宙をたゆたう小さな星のひとつに過ぎないのですが、結論から申し上げれば、デザイン性に優れ、居心地も良好、リーズナブルという、非常にコストパフォーマンスに優れたホテルでした。
左(上)画像は外観。赤いゲートが目印ですが、通りに面している部分は広くないので、ヘタすると見逃してしまうかも。街のコアになるエリアから若干南へ離れますが、それでも観光客向けの飲食店や土産店等が集まるバー・ストリートやオールド・マーケットに近いので、初カンボジアの私でも全く苦労せずに滞在できました。右(下)画像に写っているウェルカムドリンクを飲みながらチェックインをしていると、日本語が話せる知的で若い男性スタッフが、ホテルや当地に関していろいろと説明してくれました。
現代風アジアンテイストの客室。女性客はもちろん、昭和生まれのオッサンであるオイラだって、こんなオシャレなお部屋に泊まれたら嬉しくなっちゃいますよ。エアコン・冷蔵庫・シャワー・トイレ・金庫は完備。Wifiも飛んでますし、1階ロビーには共用のPCも数台用意されています。
ラウンジやテラスなどの共用部分も、ご覧の通りスタイリッシュ。
朝食会場のレストランもおしゃれ。朝食は数通りのメニューから好みのものをチョイスします。なおスタッフには英語が通じました。スタッフの女の子、笑顔がとっても可愛かったなぁ。
上述したようにバー・ストリートにも近いので、夕食や買い物にも困りませんでした。尤も、この辺りは外国人観光客ばかりなので、ちっともカンボジアにいる気がしないのですけど、そんな街並みの中でお店を構える「クメールキッチン」という、これまた如何にも観光客を意識したありきたりな名前(日本語に訳せば「クメール人厨房」ってことですよね)のレストランで食べたクメールカレーは、カボチャの甘味とココナッツミルクの風味が際立っており、我が人生で最も美味かったグリーンカレーでした。いや、外国人向けにアレンジされていたのでしょうから、舌の肥えていない私にはちょうどお似合いだったのかもしれませんが。
あ、そうそう、アンコールワットの旅行記は拙ブログに載せるつもりありません。ネット上でも書籍でも、美しい写真と豊かな文筆による旅行記が大変多く上梓されていますし、日程の関係でオーソドックスなところしか巡っていませんので、わざわざこのブログで記事にするほどの体験をしていないからです。むしろ、私がカンボジアを訪れた大きな理由は、プノンペンにある某施設を訪れたかったからであり(次々回以降の記事で掲載します)、アンコールワット(シェムリアップ)訪問は、そのついでなのでした。
●早朝に出発
観光地のホテルは得てして各種チケットの手配も代行してくれますから、ホテルへチェックインした時に、日本語がわかるクメール人スタッフのCさんへ「プノンペンへ向かう船の切符を入手したいのですが」と申し出たところ、彼はチケットの手配はもちろんのこと、「(ホテルの朝食時間前となる)朝6時に出発ですから、簡単な朝食を作っておきます」と気を利かせて、前夜に朝食セットを用意してくれていたのでした。
早朝5時に起床して、その朝食パックを開け、前夜に購入しておいたインスタントラーメンをスープ代わりにして、胃袋へ掻っ込みます(左(上)画像)。右(下)画像の青い券は、ホテルでお願いしていた乗船券のバウチャーです。手配に際してCさんは「私共で手配しますと、○ドルの手数料がかかりますが、宜しいですか」と丁寧に説明してくれたので、その誠実さを信じて彼に一任しました。ホテルの設備面やデザインも良いのですが、Cさんの気遣いや誠実さに大変満足したのでした。どんなにハード面が良くても、畢竟、後々まで印象に残る評価はソフト面、つまり対応の如何に依るんですよね。
さて、朝食を済ませて出発準備も整い、朝6時にホテルのロビーで送迎車を待ちます。ホテルで手配すると、そのホテルまで車でピックアップしてくれるんですね。とは言え6時ぴったりに来るはずもなく、25分後になってようやく迎えが来ました。白いポンコツのバンには、既に7~8人の欧米人が乗車しており、唯一の東洋人客である私が最後に乗り込む形となりました。お互いにけだるく"Good Morning"と挨拶をかわし、シートの隙間へと身を滑り込ませます。
バンに揺られること約30分で船乗り場に到着です。途中で凸凹なダート道を通行するためスピードが出せず、距離の割には時間がかかるのですが、それにしてもシェムリアップの街から港まで、かなり隔たっているんですね。たしかに送迎車のサービスを受けずに船を利用するならば、街から港へ移動するだけでも非常に不便です。辺りは広大な耕作地が広がるばかり。だだっ広い畑の彼方では真っ赤に燃えた朝日が上がっていました。
さて、車から降りて波止場へ向かおうと、我々の到着を待ち構えていたかのように、まわりから多くの人がワラワラと寄ってくるではありませんか。
我々を取り囲む人々の目的は、言わずもがな観光客の金がお目当て。女性は朝食代わりになるパンやバナナを売りつけようと必死に声をかけ、男性はポーター業で小銭を稼ごうとしています。彼らによってハッチバックが勝手に開けられると、小柄な人が多いクメール人には珍しく図体の大きなお兄さんが、私の荷物を担いで、勝手に運んで行こうとするではありませんか。急な展開に呆然としつつ、そのお兄さんの後を追いかけてゆくと、待合室の下で待機していた普段着のおじさんが、チケットの提示を要求してきます。本物のスタッフなのかという疑念を抱きながら、そのおじさんにバウチャーを見せると、仏頂面のまま改札して乗船券と引き換えたのでした(右(下)画像)。制服を着ている人がいないので、誰が係員で誰がモグリの売り子なのか、ちっとも判然としないのですが、現地の連中はそんな隙を突いて、鵜の目鷹の目で小銭をせしめようとしてくるんですね。
●乗船
泥水を淀ませている川岸にはたくさんの船が舫われており、その光景を眺めながら岸壁へ伸びる長いタラップを下ってゆきます。乾季なので水位がかなり低く、陸と水面との間には、ビルにして3~4階程度の高低差がありました。プノンペン行きのスピードボートは、白く塗られたボディーに青や赤のラインが引かれており、ロケットみたいに細長い鋼製の船体です。他の船は地味な木造船ばかりなので、ひときわ目立っていました。
座席はこんな感じ。日本の新幹線みたいに2+3の配列なんですね。出航してから終着までの6~7時間、途中で寄港することがないので、船室の後部にはトイレが設けられています。洋式便器の中には泥水がもの凄い勢いで流れ込んでいたのですが、川水を利用した水洗であることは想像に難くなく、水流と共に垂れ流された不浄はトンレサップの水で「自然処理」されるんですね。
予定では朝7時に出航するはずでしたが、その時刻になっても動く気配がありません。後でわかったことですが、各ホテルから乗客を集めてくる車の一部が遅れていたようです。そんな遅れも、売り子にとっては恰好の商売時間。船の入口では、お菓子を売るお姉さんが門番の如く立ちはだかっていました。こうした物売りはかなりしつこいのですが、相手にしなければ問題なし。勝手に荷物を担ごうとするポーターも、私みたいに呆然としていると、素早く持っていかれてチップを要求されちゃうみたいですが、毅然として断ればそれ以上は手を触れようとしないようです。ここでは"No"と言える気持ちが大切なんですね。
●出航、トンレサップ湖へ
遅れていた乗船もようやく済み、予定より1時間遅い8時にやっと出航しました。小舟たちが輻輳する狭い水路を、ゆっくりと航行します。狭いどころか水深もかなり浅いらしく、この航路ではしばしば擱坐してしまうんだとか。それゆえ船長は慎重に舵を切っていました。
バスならば10米ドルで行けるところを、船ですとほぼ同じ所要時間ながら40米ドルも要するため、定期航路とはいえ、実質的には公共交通機関として機能しておらず、予算に余裕のある欧米系外国人観光客によって、移動と物見遊山を兼ねる遊覧船として利用されているのが実情のようです(私もその一人)。それでもこの日は20人強の乗客が見られました。
掘っ立て小屋が立てられた港付近の岸では、船やバイクでたくさんの人々が集まり賑やかでした。朝市でも開催されていたのでしょうか。
水路の幅が徐々に膨らみ、やがて恰も大海原を眺めているかのように、泥水の海が果てしなく広がっていきました。いよいよ東南アジア最大の湖であるトンレサップ湖へ突入です。湖へ出た途端に、船はスピードをグッと上げ、ようやくスピードボートらしい能力を発揮してくれました。
水路が湖へ出る河口部には、水上生活者の大きな集落がプカプカと浮かんでおり、人々の生活が営まれていました。
左(上)画像の、カンボジア国旗が掲揚された小屋は水上警察。右(下)画像はいわゆる万屋さん的なマーケット。
左(上)画像はレストランですね。水上生活の集落を巡る現地催行のツアーもあるようですが、ランチではきっとこうした水上レストランへ立ち寄るのでしょう。
別の水上家屋では、湖水を桶に汲んで沐浴をしていた女性たちを見かけたのですが、あれ? そういえばこの船のトイレって、垂れなが…。いやいや、これが彼女たちの日常生活なのですから、他所者が自分の価値観や衛生観念であーだこーだ言っちゃいけないな。
乗船客は外国人観光客ばかりで、みな座席に座ろうとせず、眺めの良い船首のデッキに集まろうとします。細長い船体で屋外に出られるのは、この船首か、船室上の屋上部分の2つ。いずれへ出るにも、左右両舷の狭いキャットウォークを伝って客室から移動するのですが、船体に手摺が1本あるだけで、外側にはガードレールも何もありませんから、慣れないうちは結構デンジャラス。足を滑らせて転落しないように要注意です。
船首のデッキでは、左右両舷ならばどんな姿勢で居ようが問題ないのですが、真ん中(舳先等)で立とうとすると、操舵室にいる船長から「姿勢を低くしろ」というジェスチャーとともに大音響の汽笛を鳴らされ、険しい顔で怒られちゃいます。上述のように乾季は水深が浅く、航路をしっかり選んで進まないと座礁してしまうので、船長としては視界の邪魔となる位置に立ってほしくないのでしょう。
一方、屋上部分は緩やかながらカーブを描いており、ハシゴや手摺なども無いため、平衡感覚に自信のある若い客層が日焼けする場所となっていました。
乾季のトンレサップ湖は面積がギュッと縮まるんだそうですが、それでもさすが東南アジア最大の湖だけあり、ボートが湖の中程へ進んでゆくと、見渡す限りに湖面が広がって、岸が全く見えなくなってしまいました。はじめのうちは、日本では決して見られないトンレサップ湖の壮大さに感動していたのですが、やがて単調な景色に飽きはじめ、他の客が次々に座席へ戻ってゆくのにつられて、私も船室へ戻り、朝が早かったために、着席するやいなや睡魔に襲われてしまったのでした…。
後編へ続く。
ちょうど一年前の春に、私はカンボジアを旅していたのですが、温泉と無縁な旅程であったために、拙ブログでその旅行記を披露してきませんでした。しかしながら、先日都内の某カンボジア料理店で食事をしていたら、無性に東南アジアが恋しくなってしまった。あぁ、すぐにでも彼の地へ行きたい。しかし、恋しいからといっても、そう簡単に行けるわけでもないのが、勤め人の悲しい宿命であります。そこで、現地へ行けない代わりに当時の画像や記録を見返して、片想いな欲求を満たすべく、今回から数次にわたって昨年のカンボジア旅行記を断片的にしたためることにしました。一年前という中途半端に古い内容であり、且つ温泉とは全く関係ない内容がしばらく続きますが、どうかご容赦を。
昨年のカンボジア旅行では、世界遺産アンコールワットの観光拠点であるシェムリアップから、首都プノンペンへ移動する際に、東南アジア最大の湖であるトンレサップ湖を縦断する船(スポードボート)を利用しました。両都市の移動では、本数や運賃面で有利な長距離バスか、短時間で移動できる航空便を選択するのが一般的であり、料金が高くて所要時間も長く、港へのアクセスが悪くて本数も一日一往復しかないというダメダメ尽くしの船は、今ではかなりマイナーな移動手段となってしまったようです。でも移動そのものだって、旅の楽しみとしては大きな要素であり、航路だからこそ味わえる景色だってあるはず。そう考えて、乗り物好きな私としては、敢えて不便でマイナーな船を選んだのでした。
乗船日:2014年3月某日
乗船区間:シェムリアップ→プノンペン
●シェムリアップのホテル
本題へ入る前に、シェムリアップで泊まったホテルのことをちょっと触れます。ホテルの名前は「ヴィラ メダムレイ (Villa Medamrei)」。アンコールワットという世界屈指の観光地を擁する街だけあって、ホテルはそれこそ星の数ほど存在し、この宿もそんな宇宙をたゆたう小さな星のひとつに過ぎないのですが、結論から申し上げれば、デザイン性に優れ、居心地も良好、リーズナブルという、非常にコストパフォーマンスに優れたホテルでした。
左(上)画像は外観。赤いゲートが目印ですが、通りに面している部分は広くないので、ヘタすると見逃してしまうかも。街のコアになるエリアから若干南へ離れますが、それでも観光客向けの飲食店や土産店等が集まるバー・ストリートやオールド・マーケットに近いので、初カンボジアの私でも全く苦労せずに滞在できました。右(下)画像に写っているウェルカムドリンクを飲みながらチェックインをしていると、日本語が話せる知的で若い男性スタッフが、ホテルや当地に関していろいろと説明してくれました。
現代風アジアンテイストの客室。女性客はもちろん、昭和生まれのオッサンであるオイラだって、こんなオシャレなお部屋に泊まれたら嬉しくなっちゃいますよ。エアコン・冷蔵庫・シャワー・トイレ・金庫は完備。Wifiも飛んでますし、1階ロビーには共用のPCも数台用意されています。
ラウンジやテラスなどの共用部分も、ご覧の通りスタイリッシュ。
朝食会場のレストランもおしゃれ。朝食は数通りのメニューから好みのものをチョイスします。なおスタッフには英語が通じました。スタッフの女の子、笑顔がとっても可愛かったなぁ。
上述したようにバー・ストリートにも近いので、夕食や買い物にも困りませんでした。尤も、この辺りは外国人観光客ばかりなので、ちっともカンボジアにいる気がしないのですけど、そんな街並みの中でお店を構える「クメールキッチン」という、これまた如何にも観光客を意識したありきたりな名前(日本語に訳せば「クメール人厨房」ってことですよね)のレストランで食べたクメールカレーは、カボチャの甘味とココナッツミルクの風味が際立っており、我が人生で最も美味かったグリーンカレーでした。いや、外国人向けにアレンジされていたのでしょうから、舌の肥えていない私にはちょうどお似合いだったのかもしれませんが。
あ、そうそう、アンコールワットの旅行記は拙ブログに載せるつもりありません。ネット上でも書籍でも、美しい写真と豊かな文筆による旅行記が大変多く上梓されていますし、日程の関係でオーソドックスなところしか巡っていませんので、わざわざこのブログで記事にするほどの体験をしていないからです。むしろ、私がカンボジアを訪れた大きな理由は、プノンペンにある某施設を訪れたかったからであり(次々回以降の記事で掲載します)、アンコールワット(シェムリアップ)訪問は、そのついでなのでした。
●早朝に出発
観光地のホテルは得てして各種チケットの手配も代行してくれますから、ホテルへチェックインした時に、日本語がわかるクメール人スタッフのCさんへ「プノンペンへ向かう船の切符を入手したいのですが」と申し出たところ、彼はチケットの手配はもちろんのこと、「(ホテルの朝食時間前となる)朝6時に出発ですから、簡単な朝食を作っておきます」と気を利かせて、前夜に朝食セットを用意してくれていたのでした。
早朝5時に起床して、その朝食パックを開け、前夜に購入しておいたインスタントラーメンをスープ代わりにして、胃袋へ掻っ込みます(左(上)画像)。右(下)画像の青い券は、ホテルでお願いしていた乗船券のバウチャーです。手配に際してCさんは「私共で手配しますと、○ドルの手数料がかかりますが、宜しいですか」と丁寧に説明してくれたので、その誠実さを信じて彼に一任しました。ホテルの設備面やデザインも良いのですが、Cさんの気遣いや誠実さに大変満足したのでした。どんなにハード面が良くても、畢竟、後々まで印象に残る評価はソフト面、つまり対応の如何に依るんですよね。
さて、朝食を済ませて出発準備も整い、朝6時にホテルのロビーで送迎車を待ちます。ホテルで手配すると、そのホテルまで車でピックアップしてくれるんですね。とは言え6時ぴったりに来るはずもなく、25分後になってようやく迎えが来ました。白いポンコツのバンには、既に7~8人の欧米人が乗車しており、唯一の東洋人客である私が最後に乗り込む形となりました。お互いにけだるく"Good Morning"と挨拶をかわし、シートの隙間へと身を滑り込ませます。
バンに揺られること約30分で船乗り場に到着です。途中で凸凹なダート道を通行するためスピードが出せず、距離の割には時間がかかるのですが、それにしてもシェムリアップの街から港まで、かなり隔たっているんですね。たしかに送迎車のサービスを受けずに船を利用するならば、街から港へ移動するだけでも非常に不便です。辺りは広大な耕作地が広がるばかり。だだっ広い畑の彼方では真っ赤に燃えた朝日が上がっていました。
さて、車から降りて波止場へ向かおうと、我々の到着を待ち構えていたかのように、まわりから多くの人がワラワラと寄ってくるではありませんか。
我々を取り囲む人々の目的は、言わずもがな観光客の金がお目当て。女性は朝食代わりになるパンやバナナを売りつけようと必死に声をかけ、男性はポーター業で小銭を稼ごうとしています。彼らによってハッチバックが勝手に開けられると、小柄な人が多いクメール人には珍しく図体の大きなお兄さんが、私の荷物を担いで、勝手に運んで行こうとするではありませんか。急な展開に呆然としつつ、そのお兄さんの後を追いかけてゆくと、待合室の下で待機していた普段着のおじさんが、チケットの提示を要求してきます。本物のスタッフなのかという疑念を抱きながら、そのおじさんにバウチャーを見せると、仏頂面のまま改札して乗船券と引き換えたのでした(右(下)画像)。制服を着ている人がいないので、誰が係員で誰がモグリの売り子なのか、ちっとも判然としないのですが、現地の連中はそんな隙を突いて、鵜の目鷹の目で小銭をせしめようとしてくるんですね。
●乗船
泥水を淀ませている川岸にはたくさんの船が舫われており、その光景を眺めながら岸壁へ伸びる長いタラップを下ってゆきます。乾季なので水位がかなり低く、陸と水面との間には、ビルにして3~4階程度の高低差がありました。プノンペン行きのスピードボートは、白く塗られたボディーに青や赤のラインが引かれており、ロケットみたいに細長い鋼製の船体です。他の船は地味な木造船ばかりなので、ひときわ目立っていました。
座席はこんな感じ。日本の新幹線みたいに2+3の配列なんですね。出航してから終着までの6~7時間、途中で寄港することがないので、船室の後部にはトイレが設けられています。洋式便器の中には泥水がもの凄い勢いで流れ込んでいたのですが、川水を利用した水洗であることは想像に難くなく、水流と共に垂れ流された不浄はトンレサップの水で「自然処理」されるんですね。
予定では朝7時に出航するはずでしたが、その時刻になっても動く気配がありません。後でわかったことですが、各ホテルから乗客を集めてくる車の一部が遅れていたようです。そんな遅れも、売り子にとっては恰好の商売時間。船の入口では、お菓子を売るお姉さんが門番の如く立ちはだかっていました。こうした物売りはかなりしつこいのですが、相手にしなければ問題なし。勝手に荷物を担ごうとするポーターも、私みたいに呆然としていると、素早く持っていかれてチップを要求されちゃうみたいですが、毅然として断ればそれ以上は手を触れようとしないようです。ここでは"No"と言える気持ちが大切なんですね。
●出航、トンレサップ湖へ
遅れていた乗船もようやく済み、予定より1時間遅い8時にやっと出航しました。小舟たちが輻輳する狭い水路を、ゆっくりと航行します。狭いどころか水深もかなり浅いらしく、この航路ではしばしば擱坐してしまうんだとか。それゆえ船長は慎重に舵を切っていました。
バスならば10米ドルで行けるところを、船ですとほぼ同じ所要時間ながら40米ドルも要するため、定期航路とはいえ、実質的には公共交通機関として機能しておらず、予算に余裕のある欧米系外国人観光客によって、移動と物見遊山を兼ねる遊覧船として利用されているのが実情のようです(私もその一人)。それでもこの日は20人強の乗客が見られました。
掘っ立て小屋が立てられた港付近の岸では、船やバイクでたくさんの人々が集まり賑やかでした。朝市でも開催されていたのでしょうか。
水路の幅が徐々に膨らみ、やがて恰も大海原を眺めているかのように、泥水の海が果てしなく広がっていきました。いよいよ東南アジア最大の湖であるトンレサップ湖へ突入です。湖へ出た途端に、船はスピードをグッと上げ、ようやくスピードボートらしい能力を発揮してくれました。
水路が湖へ出る河口部には、水上生活者の大きな集落がプカプカと浮かんでおり、人々の生活が営まれていました。
左(上)画像の、カンボジア国旗が掲揚された小屋は水上警察。右(下)画像はいわゆる万屋さん的なマーケット。
左(上)画像はレストランですね。水上生活の集落を巡る現地催行のツアーもあるようですが、ランチではきっとこうした水上レストランへ立ち寄るのでしょう。
別の水上家屋では、湖水を桶に汲んで沐浴をしていた女性たちを見かけたのですが、あれ? そういえばこの船のトイレって、垂れなが…。いやいや、これが彼女たちの日常生活なのですから、他所者が自分の価値観や衛生観念であーだこーだ言っちゃいけないな。
乗船客は外国人観光客ばかりで、みな座席に座ろうとせず、眺めの良い船首のデッキに集まろうとします。細長い船体で屋外に出られるのは、この船首か、船室上の屋上部分の2つ。いずれへ出るにも、左右両舷の狭いキャットウォークを伝って客室から移動するのですが、船体に手摺が1本あるだけで、外側にはガードレールも何もありませんから、慣れないうちは結構デンジャラス。足を滑らせて転落しないように要注意です。
船首のデッキでは、左右両舷ならばどんな姿勢で居ようが問題ないのですが、真ん中(舳先等)で立とうとすると、操舵室にいる船長から「姿勢を低くしろ」というジェスチャーとともに大音響の汽笛を鳴らされ、険しい顔で怒られちゃいます。上述のように乾季は水深が浅く、航路をしっかり選んで進まないと座礁してしまうので、船長としては視界の邪魔となる位置に立ってほしくないのでしょう。
一方、屋上部分は緩やかながらカーブを描いており、ハシゴや手摺なども無いため、平衡感覚に自信のある若い客層が日焼けする場所となっていました。
乾季のトンレサップ湖は面積がギュッと縮まるんだそうですが、それでもさすが東南アジア最大の湖だけあり、ボートが湖の中程へ進んでゆくと、見渡す限りに湖面が広がって、岸が全く見えなくなってしまいました。はじめのうちは、日本では決して見られないトンレサップ湖の壮大さに感動していたのですが、やがて単調な景色に飽きはじめ、他の客が次々に座席へ戻ってゆくのにつられて、私も船室へ戻り、朝が早かったために、着席するやいなや睡魔に襲われてしまったのでした…。
後編へ続く。