いまや「温泉」という語句には「鄙び」という形容詞がペアになっていると表現しても過言ではないほど、全国津々浦々どこへ行っても温泉地は悲しいくらいに鄙びちゃっています。しかしながら、一口に鄙びた温泉といっても、ノスタルジー溢れる景色に数軒の宿が肩を寄せ合うだけの寓話の世界みたいな温泉地もあれば、斜陽感が全体を覆い尽くしている本当に寂しい温泉街もあり、今回取り上げる鹿児島県の紫尾温泉は前者に当てはまるのではないかと思っています。たしかに鄙びてはいるけれども、決して斜陽でも衰退でもない、向田邦子ドラマの「幸福」に出てくる「屑ダイヤ」のような、つい見逃してしまいそうな存在だけれども、それに気づいて掌に掬いあげたら幸せをもたらす光を放ってくれる、そんな「鄙びた」温泉のひとつが紫尾温泉なのであります。
当地には数軒の宿と1軒の公衆浴場があるのですが、今回は公衆浴場の「神の湯」にスポットライトを当てます。結論から申し上げれば、スポットライトの閃光を数倍ものパワーで反射する、素晴らしい輝きを放つお風呂でした。
「神の湯」という名前にふさわしい、風格と重厚感を兼ね備えた建物です。外観を撮影したのは夕方5時くらいでしたが、玄関へ次々にお客さんが吸い込まれて行きました。人気の程が窺えます。
玄関の左右には足湯や飲泉所があり、足湯は無料で、飲泉所でお湯を組む場合は寸志を納めることで、どなたでも利用できます。
このように、お湯汲み専用の場所もあり、実際に多くの方がタンクを手にしてお湯を汲んでいらっしゃいました。湯量は豊富のようでして、絶えずドバドバと吐き出されていました。生活に密着していそうな佇まいが、何とも言えない良い雰囲気です。
「神の湯」の隣は、長い歴史を有する紫尾神社。なんと、ここの温泉のお湯は神社の拝殿の下から湧き出ているんだとか。なるほど、それゆえに「神の湯」なんですね。
夕方は大混雑していたので、日が暮れてしばらく経ってから再訪しました。外観こそ神社のような重厚感のある建築様式ですが、館内はモダン和風とでも言うべき、木材を多用しつつ実用面もしっかり重視している造りになっており、ウッディであたたかみが感じられます。
券売機で料金を支払い、カウンターのおばちゃんに券を差し出して男女別の浴室へ。洗面台やロッカーなど実用的な設備が設けられている脱衣室は、壁の面によって材木を使用したり、あるいはコンクリを打ちっぱなしにしたりと、メリハリをきかせて小洒落た空間を演出していました。
浴室も実用本位な構造となっており、男湯の場合は室内左側にシャワー付き混合水栓が8基一列に並び、入口の右手前にも2基設置されています。水栓から出るお湯は源泉です。
とっても大きな浴槽は大小1:3の割合で二分割されており、小さな方はやや熱め、大きな方は42~3℃ほどの湯加減となっていました。両方共、石積みの湯口から源泉が落とされており、私が直接触れた感覚によれば、湯口では双方とも同じ温度でしたので、湯船の大きさ(表面積の大小)によって温度に変化がもたらされているものと思われます。拝殿の下から湧き出る霊験あらたかなお湯はエメラルドグリーンを帯びた透明で、源泉投入口の流路は硫黄の湯の花で白く染まっています。
お湯からは芳醇なタマゴ(硫黄)の匂いと味がしっかりと感じられます。タマゴ感のみならず、噴気孔の火山ガス的な匂いも少々混在しており、また何かが燻されたような匂いやほろ苦さも有していました。美しいエメラルドグリーンの湯中では黒い湯の花がたくさん舞っており、このように桶で湯船のお湯を掬うだけでも湯華が入ってくるほどです(白い湯の花も少々浮遊しています)。
上がり湯槽も設けられており、源泉が出てくる水栓は硫化して真っ黒に変色していました。
お湯に浸かるとヌルヌル感を伴うツルスベ浴感がとても心地よく、そんな上質な浴感と芳醇な硫黄感は、私の心をすっかり魅惑してくれました。さすが神様の足元から湧く温泉は一味も二味も違いますね。
上ノ湯
単純硫黄温泉 50.3℃ pH9.4 蒸発残留物0.2904g/kg
鹿児島県薩摩郡さつま町紫尾2165 地図
0996-59-8975
5:00~21:30
200円
ロッカー(貴重品用)・ドライヤー(有料100円/1分)あり
私の好み:★★★