温泉逍遥

思いつきで巡った各地の温泉(主に日帰り温泉)を写真と共に紹介します。取り上げるのは原則的に源泉掛け流しの温泉です。

湯の児温泉 平野屋

2016年06月14日 | 熊本県
2016年4月の熊本地震では熊本・大分両県の広範囲にわたって被害が発生しましたが、同じ県内でも被害がほとんど出ていないエリアもあり、たとえば県南部の水俣・芦北地方はその典型例です。地震から丁度ひと月が経った5月中旬の某日、私は歴史ある水俣の出で湯、湯の児温泉で一泊することにしました。


今回お世話になったのは、当地で最も古い歴史を有し徳富蘇峰などとも縁のある老舗旅館「平野屋」です。かつては一般的な旅館と同じく食事を提供していたようですが、現在は素泊まり専門となっているようです。私が訪いますと、気さくで明るい女将さんが笑顔で出迎えてくださいました。


●客室
 
築80年近い木造の建物は3階建。今回案内された客室は2階の広縁付き8畳間です。当然ながらお部屋はかなり年季が入っているものの、清掃が行き届いており、テレビ・金庫・エアコンなどの他、洗面台やトイレもあり、Wifiも使えて便利です。



広縁の隅に小さな部屋があったので、ドアを開けてみたら、中にはかわいらしいお風呂がありました。
これって使えるのかな?


 
広縁の窓からは、湖のように波一つ立てない不知火海が、静かに鏡面のような水面を広げており、その彼方には天草の島が巨大な防波堤のように立ちはだかっていました。海岸線に沿って左へ視線を移すと、巨大な廃旅館が目に入ってくるのですが、これは昨年(2015年)経営破綻した「山海館」の跡。洞窟風呂で有名でしたが、残念ながら経営の方も洞窟へ潜ったままの片道切符となってしまったようです。


●大浴場および庄助風呂
 
さてお宿ご自慢のお風呂へと参りましょう。館内には男女別の大浴場、貸切風呂、風呂付き客室という3種類のお風呂があるのですが、このうち風呂付き客室のお風呂は、この晩ファミリーが宿泊しており利用できなかったため、私は大浴場と貸切風呂の2種を利用することにしました。まずは玄関ホールの奥へ進んで大浴場へと向かいます。


 
タイル張りの浴室は見るからに古そうなのですが、お手入れがきちんと行き届いており、隅々までピカピカに輝いていました。
室内の右手手前に浴槽がひとつ、そして左手の壁沿いに洗い場が配置され、シャワー付きカランが4基並んでいます。


 
4つあるシャワーのうち、海側2つはボイラーの沸し湯が吐出されるのですが、山側の2つは源泉のお湯が出てきます。とはいえ、配管の関係なのか、吐出圧力が弱く、しかもぬるいため、女将さんは「海側のシャワー(ボイラーの沸し湯)を使ってください」と案内していました。沸かし湯のシャワーはしっかりとした勢いでお湯が出てきましたよ。


 

スカイブルーのタイルが綺麗な浴槽は(目測で)1.2m×2.5mほどの四角形で、7~8人は入れそうな大きさがあります。浴槽の隅には焼き物のライオンが口を開けていたのですが、現在このライオンは使われておらず、その代わり竹のカバーが施された温泉用配管が天井から下ろされており、吐出口にネットを被せた上でお湯を浴槽へ注いでいました。湯船のお湯は無色透明でクリアに澄んでおり、湯の花などの浮遊物は全く見られないのですが、浴槽縁にこびりつくベージュ色の石灰が示すように、このお湯は塩化土類泉のような性格を有しているらしく、湯尻の切り欠けから流れ出るオーバーフローの流路周りは、石灰華により分厚い千枚田状態になっていました。ということは、湯口のネットは湯の花を濾すというより、配管内などから剥がれ落ちる石灰華の破片を捕捉するためのものなのでしょう。


 
 
男女別の大浴場にはそれぞれお宿名物の特徴的な露天風呂が付帯しています。女湯は「小町の湯」、男湯は「庄助の湯」と称し、それぞれ樽を巨大化させたような筒状の湯船が、屋外の軒下に設けられています。上画像は男湯に付帯している「庄助の湯」です。朝寝朝酒朝湯が大好きな小原庄助の名前を付しているお風呂なのですから、このFRP製の円形浴槽はおそらく酒樽を模して作られているのでしょう。内湯と同じ温泉が張られた湯船の中央には丸いテーブルが設けられ、槽内には腰掛けがいくつか沈められています。腰掛けに座って湯浴みをすると不知火海や天草の島々を眺めることができました。このお風呂は西を向いているため、日没時には湯浴みしながら夕陽を眺めることができるんだとか。


 
ちなみに女湯はこんな感じです。基本的は男湯とシンメトリですが、ひとまわり小さいつくりになっているようですね。


●貸切風呂
 
続いて、貸切風呂「籠の湯」も利用することにしました。玄関ホール奥にある海側の勝手口から一旦屋外へ出て、壁沿いに左へ折れると、2階の真下に、いかにも増設しましたと言わんばかりの湯小屋が現れます。


 
「籠の湯」という名前が示すように、お風呂は籠の中にいるかのようなコンパクトなスペース。羽目板の壁で囲まれた狭い室内には、1基のシャワー、そして2人サイズの石風呂が据えられており、赤茶色に染まった湯口からお湯が滔々と注がれていました。なおお湯は大浴場と同じ源泉を使用しています。四方を壁で囲まれている上、天井も低いため、かなり圧迫感がありますが、誰にも邪魔されずに利用できますから、他のお客さんとの兼ね合いなどが気になる方には有意義に使えそうです。

ところで肝心のお湯に関するフィーリングですが、見た目は無色透明で綺麗に澄んでおり、湯の花や沈殿などは見られません。でも湯面に長時間流動がないと、お湯に含まれる石灰が析出するらしく、翌朝早い時間に「庄助風呂」の湯面を見たら、薄い石灰の幕ができていました。結構熱いお湯で、湯口では48℃、湯船では(各浴槽においても)43~44℃ほどの湯加減となっていました。お湯を口に含むと甘塩味と石灰の味が感じられ、石灰の存在感を示す砂っぽい匂いがわずかに嗅ぎとれます。湯中では食塩泉的なツルスベ浴感の他、石灰由来と思しき引っかかる浴感も少々混在しています。味や匂いは薄いのですが、塩化土類泉のような性格を有するお湯であるため、湯船に浸かると全身がガツンとパワフルに火照り、湯上がりにはしばらく汗が止まらず、浴衣が汗でビショビショになってしまいました。さすが本物の温泉は力強さが違います。なお、各浴槽とも湯使いは完全放流式です。またお湯は自家源泉で深さ約100mのところから汲み上げているんだそうです。この宿のみならず湯の児温泉では各施設が自家源泉を所有しており、どの源泉も深さ50~100mから汲み上げているんだそうです。

さて、こちらのお宿は素泊まり専門なので、宿泊する場合は食事をどうすべきか気になるところですが、宿の目の前に焼き鳥屋さんがあるので、お酒を飲む方はそのお店を利用すると良いでしょうし、ちょっと離れたところにある福田農場のレストランではスペイン料理がいただけます。また、車で水俣市内へ出ちゃえば選択肢がかなり広がります。朝食に関しては、あらかじめ女将さんにお願いしておけば、数軒先に並んでいるホテル「海と夕やけ」でいただくバッフェ式朝食を手配してくれますが、料金が結構高いので、これがお気に召さなければ市街のコンビニに頼ることになります。そんなこんなで、食事にはちょっとした工夫を要しますが、ビジネスホテル並みのリーズナブルな料金で、海原を眺められる環境と掛け流しの温泉を楽しめるのですから、旅行者にとっては嬉しいお宿です。しかも女将さんがとてもきさくで明るくお話してくださいます。某宿泊予約サイトの口コミでもおかみさんの人柄に心惹かれたという旨のコメントが目立ちますが、私もそれらの意見に共感。実際に女将さんとのおしゃべりに華を咲かせていたら、あっという間に深夜になってしまいました。

ちなみに私が宿泊したのは、本来は書き入れ時であるはずの週末でしたが、この日の宿泊客は、地震で被害に遭った家族1組、そして私だけ。地震発生からしばらくの間、被害が無かった水俣は地震救援の最前線となり、湯の児温泉も関係者(作業員や業者など)で賑わったそうですが、ひと段落つくと、一気に客足が減り、地震による観光客敬遠の影響がモロに表面化しているようでした。同じ熊本でも被害がひどいところもあれば、このように全く問題ないところもありますよ、ということをお伝えしたく、今回記事にさせていただきました。


ナトリウム-炭酸水素塩・塩化物温泉 48.7℃ 194.4L/min 
(昭和58年分析。詳しいデータは不明)
加水加温循環消毒なし

熊本県水俣市湯の児1213  地図
0966-63-2161

日帰り入浴12:00~20:00頃
500円
ロッカー・シャンプー類・ドライヤーあり

私の好み:★★+0.5

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