Steins;Gate(シュタインズ・ゲート) 第12話 「静止限界のドグマ」 △+!
そして時は動き出す
ちょーど「登場人物」が「キャラクター」を超えてなんらかの授肉した
ものとして観察者があつかいだすころあいかもしれんね
まゆりにしろ紅莉栖にしろ。けっきょく岡部にとっての資産は「ラボメン」に
集約されるわけだから物語的にはそれを没収するのは決まり決まったことではある。
してみると、さっこんの1クールで終わっちゃうアニメはその手前で
ハナシが終わっちゃうからオチも感慨もないわけで、それでいてそこの登場人物
(たいがいは女の娘)にちょっと興味が出てきた状態にはなってるという
延々と半勃ちを繰り返すっちゅう地獄のようなシステムになってるわけで
スッキリしたければブルーレイを買えっちゅう商法ですよね。
そう考えるとまゆしーが●●されちゃうのもまー解放感ってのが全くないというのが
なきにしもあらずというか、サイコ野郎の意見になるけど。
でも「マッドサイエンティスト」ってのはそういう領分の人なんじゃなかったのか、と。
そして一時の開放感と引き替えに止まぬ罪悪感を得るワケだ。
星空へ架かる橋 第11話「雨にふられて」 △
負け犬ルートまっしぐらですね
憐憫をおぼえるならゲーム買って「別ルート」で救済したれよってなるかも
ただ、ちょっとマジで考えると憐れみで恋はできないってのはある
ま、そういうふうにして繋がっている人間の関係がこの世にはあることぐらいは
分かりだしたぐらいにはオトナではワタクシもあるのだけど
ゲームのコントローラーなりマウスを必死にプッシュしている時ぐらい
自分で勝ち取った幸せが訪れて欲しい、っていうドグマがあるからなあ
俺たちに翼はない 第12話「俺たちに翼は…」と統合 △
「エロゲー原作の一般化」ちゅうのも初めてから10年近くになりますね
今じゃもう何が原作でナニがスピンアウトかも分からない状況ですが
ま、それでもいちおうの「くぎり」ってのはあるわけで
一番分かり易いのは「本番」はナシよとか(臭わせたり、ホントにやる場合もある)
「バッドエンド」はかんべんとか(オリジナルのまとめかたをする場合もある)
それがいろいろうまく着地したり失敗した様を見てきたわけだ
で、「ゲーム」と「アニメ」の一番根本的な違いのひとつとして
「ヒロイン」がたくさんいる。ってのがあるわけで
結局はここをどう処理するかにかっている部分が大きい
「ひとりのヒロインのルートを描く」ってのでもいいけど
その「ルート」でソデにされた別のヒロインを見るのがつらいってのもあってなかなか
っちゅうわけで「ヒロイン」を攻略するのではなくて「分裂症の主人公」を
救済するっていうコペルニクス的転回を「おれ翼」をとったワケだ
なるほどこれなら着地は無難にハナシを進めていけば上手くいきそうで
ちょっと面白い試みではある。
ただ、あんまりうまくまとめようとしすぎて「困った」ことにあんまし
ならなかったようなきらいはあるかもしれない
後半でちょっとあったように「別人格」が担当しているパートを
そのまた別の人格が担当しなきゃいけないような事態をひとまわりぐらいは
してほしかったかも、ムチャを承知でいうなら。それこそがこの自分ザッピングの
おはなしの本筋だろうし。このおはなしはまだ余力をたっぷり残していて
それが惜しいとおもう。
「C」 第11話 CONTROL (未来)と
まとめ(composition) △
んーむ「円を全部ドル建てにしてCを回避すればいいんじゃね」っていうトンチで
果たしていいのか、それって結局は三國さんみたいに
「未来を切り売って現在にまわす」ってのと同じことなんじゃないのか。
「ホントにだいじなことに気付いてもらう為にCは存在する」みたいなことを
GODがのたまっていたような気がするけどまことに余計なお世話ってやつですね
「わかりやすいドラッガー」並みのうさんくささを感じる。
うさんくさいハナシならうさんくさくやるのが「誠実」だと思うし
ものごとに「誠実」であることも立派な「資産」であると
プロレタリアートは思うのですが、いかがか。
あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。 第11話「あの夏に咲く花」と
まとめ ○
「めんまのおねがい」がとうに叶ってしまっていたのがらしいですね
いつ叶っていたのやら、ひょっとするとこのキテレツな夏がはじまったその時からもうかな
設定の時点でもうガッツリ泣かそうって気がマンマンだから
天の邪鬼な人は(つまり私)は身構えて見ていたところはあった
だから、みんなが泣くところはけっこう我慢できるのだけど
そこまでに泣くとこと同じぐらいたっぷりあった楽しいところを思い出すと
涙腺がゆるみがちなる、特にあなるまわり(ヒワイな響きだw)とゆきあつさんには
感謝したいなあ、もちろん登場したみなさん全てにも
>超平和バスターズはずっとなかよし
それにしてもだ、苦楽をともにした仲間ってのはただそれだけで全肯定したくなる
なにかがある。「けいおん部」なら自分が立ち入れる余地がありそうな妄想を抱けるけど
超平和バスターズはもう彼らだけで立ち入る余地がこれっぽっちもない、って感じ
だからめんまのことで真に涙してよいのも彼らだけってことになる
これは閉鎖的とかそういうのとはぜんぜんちがう領分で小集団(クラン)なおはなしってこと
憧れすら抱き得ない美しき真夏の夜の夢のようなおはなし
そうでありながら我々は彼らには知り得ないことを知り、めんまが見え、そして
お別れにまで立ち会っているわけで、子供が御伽噺を享受するように
ただ夢中になって見ていたようなそういう時間だったと思い出す。
もちろん、これと近しい経験をされた人生を送っている人もいるでしょうし
その人にとっては単に享受することとはまた別の貴い感慨があるかもしれません
何にしろ「とにかくいい作品」的なものはそうないのだから黙って見ておけってハナシではある
まりあ†ほりっく あらいぶ 第12話 かなこさんの誕生日とまとめ △
最近のまりほりを見てるとよくWikipediaから直接引っ張ってきたような
どうでも知識で寸を引き延ばすのが鼻についてどうも気に入らない
以前は神父がそのあたりの役目を担ってたのだけど他のキャラもやりだしてくどい
主人公失格・人間失格の烙印を捺されてもやっぱしかなこさんいじって
ナンボだと思うのですね、結局。彼女をいじりまわしている時だけが
他のキャラクターが存在している意義が発生する
無尽蔵の妄想力と血液を持ち合わせているギャグ漫画の主人公の彼女の周りで
起きる事態だけが真に笑いをもたらしている、とそう思う。
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