クチナシの花が咲く頃
海軍中尉だった老人が死んだ
ぼくの家からは三軒離れた角の
軍人屋敷の主人だった
ピンと張った口髭を付け
帽子の下から鋭い眼光を放ち
辺りを睥睨していたのは
はたして実際の記憶だったろうか
戦後数十年がたち
滅多に姿を見せなかった老人と
ついに遺影の中で
面会を果たしたのだったか
戦争のことは黙して語らず
垣根に咲くクチナシは
無言のメッセージか
それとも世間からの遮蔽壁
小学校の帰り道に
よく垣根の下をつんもぐった
長男の嫁と折り合いが悪く
首を溢らせたのは誰なのかと
シーンと静まり返った軍人屋敷
昼なお暗い秘密の住処
おそるおそる覗いたぼくの目の前に
井戸からの水を浴びる男がいた
仁王立ちの背中と
水の滴るふんどしを目にして
ぼくは垣根の穴を逆戻り
一瞬サーベルの音が耳奥で鳴った
中尉殿は生涯クチナシ
たくさんの痛憤と背負いきれない悔恨
両手に余る勲章と戦功の記憶
何一つ口にすることなく写真の人となる
垣根に咲いた梔子はクチナシ
匂う匂いは花から花
良くも悪くも海軍魂を貫き通した
白い白い本当の勲章
(『軍人屋敷のクチナシ』2013/08/15より再掲)
真っ白な潔い色とどこか哀しい香り・・・梔子・・・口なし・・・
すべてが溶け合って孤独な海軍中尉の姿が重なりました・・・
我が家の梔子は病気か虫に食われてしまったのでしょうか、枯れ始めたので梅雨前に切ってしまいました~~ 青虫退治から解放されてチョッピリホッとしたりしています・・・
素敵な詩を有難うございました~~
クチナシの白い花は、たしかに潔さを感じさせます。
そして、哀しさも・・・・。
口なしのまま、多くを語らず、近所とも接触を断って戦後を生きた元軍人の胸中を、うまく表現していただいた気がします。
クチナシは意外と病虫害に弱いんですね。
今回も嬉しいコメント、ありがとうございました。