どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

ポエム194 『ヒトリシズカに偲ぶ歌』

2018-04-27 04:49:37 | ポエム

 

     ヒトリシズカ

    (城跡ほっつき歩記)より

 

 

 

 

  陽のあるうちに壺阪山の宿に入ると

  川を見下ろす座敷に煎茶と葛菓子が待っていた

  せせらぎを聴きながら一服していると

  八十歳目前で逝ったSさんとの思い出が甦ってきた

 

  Sさんは小さな出版社の社長だった

  ぼくがその零細企業の社員第一号だった

  一番の思い出は木更津まで歌集の納品に行って

  帰り道でミゼットのライトが点かないことに気づいたこと

 

  おい、どうしたんだ 操作がわからないのか

  いや社長 こりゃあ買った時から壊れていたみたいです

  うす暗くなった海岸道路をヒヤヒヤしながら無灯火運転する

  修理屋を見つけるまで走るしかなかった

 

  その後写植のブームがやってきて社員が5人に増えた

  モリサワの機械を2台フル稼働させ暗室も休む間なし

  夜になると麻雀卓を囲んでポン・チーが始まる

  土曜日にはSさんも若い社員に負けずと徹夜をした

 

  ビリヤード好きのSさんに付き合って

  白山下の撞球場にもよく通ったものだ

  すぐ近くには韓国料理店があって

  玉撞きに飽きると焼肉とわかめスープで腹ごしらえした

 

  あの楽しさはバブル景気のおこぼれだったのか

  それとも あれが青春というものだろうか

  今思えば社員旅行を決行するほど儲かっていたのか

  あと先見ずの瘧(おこり)であったとは思えないが・・・・

 

  数年でブームが去り ぼくも転職するしかなかった

  再会したのはある大学病院の待合室でだった

  二人とも前後して肺の欠陥が見つかって

  困難な手術をしたことを初めて知った

 

  余後の経過は明暗が分かれた

  いつまでも痛みが引かないとSさんが嘆いていた

  神経を傷つけたのだろうと暗い顔をしていたが

  痛みのないぼくも肺活量が半分になったと同調した

 

  離婚はしたが 二度目の奥さんは優しそうだった

  Sさんはマンションを処分して奥さんの実家に入った

  電話をかけると安心しきった声で昔の思い出を語った

  ミゼットの話になると あれは廃車寸前だったんだと笑った

 

  壺阪山の宿に腰を落ち着けて一人静かに酒を飲む

  もう川面は見えないがSさんの笑顔が浮かんでは消える

  社員5人になった慰労の旅の宿泊先は

  三方を土塀に囲まれたSさんの広い実家だった

 

  あの時ぼくたちは新緑の吉野も案内してもらった

  義経と静御前の逢瀬を秘めやかに覆い隠す地だ

  ヒトリシズカが首をもたげて舞い踊る夜は

  一人静かに酒を酌むのにふさわしい

 

  Sさん あなたの歌集をここに持ってきていますよ

  薬で弱った脚を叱咤しながら八尾の旅を試みたんですね

  思い出の旅を詠んだ一首を披露させていただきますよ

  <ゆき合うは奇蹟の「おわら町流し」諦めてくだる雪洞の坂>

  

  

  

 

 

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