どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

<おれ>という獣への鎮魂歌 (24)

2006-04-15 11:37:32 | 連載小説

 はっきりと了解を取ったわけではなかったが、おれは名画座を出た足で、白山上にあるミナコさんのマンションに向かった。
 水道橋まで一駅電車に乗り、そこから白山通りをたどる路線バスに乗り換えた。
 数年前までは、都電が走っていたころの名残で一部石畳の狭い道路が残っていたが、現在はほぼ拡幅工事も終えたようで、ある時期まで立ち退きを拒んでいた西片町境の中華飯店やビリヤード場も、いまは跡形もなく消えていた。
 白山二丁目を過ぎると、おれは、紺野から聞いたメメクラゲのオペレーターのことを思い出し、その男はどの辺りで仕事をしているのだろうかと、バスの窓から写植屋の看板を探した。
 もっとも、そんな思いつきに答えてくれるほど東京の街は狭くない。
 ただ、左側に見える街並みは、区画整理にもまったく関係しなかったのか、古い木造の家が軒を接して続いている。しもたや風の住居に混じって、小さな印刷会社や、製本屋、箔押し屋といった関連業種の看板が、バスの窓を横切っていった。
 噂の写植屋も、こうした街のどこかに紛れているのだろうと、推量することは出来た。同業のオペレーターの一人として、春日・小石川から白山にかけての一帯には、細かい仕事がざくざくと埋まっていそうに思われ、宝の山を前にしたような興奮を覚えた。
 とつぜん、会社を休んだことに罪の意識を感じた。
 この日観たフランス映画のアンニュイな後味も、いま頃になっておれの心を波立たせた。おれを当てにしていたであろう多々良のがっかりした顔が、目の前にちらついた。
「明日から、しっかり挽回しますよ」
 おれは、とりあえず多々良社長の面影に語りかけたが、このあとどう展開していくのか分からない現状では、あまり自信の持てない呟きとなった。不安とともに吐き出す浅い呼吸が、バスの振動に同調していった。
 東洋大学の手前でバスを降り、近くの公衆電話から連絡を入れてみた。
 思ったとおり、ミナコさんはまだ帰っていなかった。退社時刻は過ぎていたが、マンションまでスムーズに戻れたとしても、あと小一時間は掛かりそうな気がした。
 喫茶店でも探そうかと考えたが、じっと座席に坐っていられる心境にはなれそうにもなかった。出来ることなら、自動車内装会社に電話をして、直接ミナコさんの指示を仰ぐのが一番なのだが、さすがにその行動には踏み切れなかった。
 となると、いつ戻ってくるか分からないミナコさんを待って、やきもきする時間を過ごすことになる。おれは、隠し切れない焦りを表に出して、大学前の坂をせかせかと登ったり降りたりした。
 動いていれば、気が紛れた。
 おれは、ふと思いついて、いつかミナコさんが自慢していた白山神社に、お参りすることにした。
「六月には、色とりどりのアジサイが咲き乱れて、たくさんの人が集まるのよ」
 あいにく紫陽花の季節ではなかったが、神社参道に導かれていくと、注連縄を張った木の鳥居がおれを迎えてくれた。
 境内に入り、清めの水を手に注ぎ、少しは心が休まるのを意識する。子供のころから植え込まれてきた神仏への親しみが、折に触れて顔を覗かせるのであろう。やっと大きく息を吸う落ち着きを得て、おれは白山神社の由緒を示す立て看板に近付いた。
 なんという偶然だったろう。この社の親神が加賀一宮白山神社であろうとは。
 二代将軍秀忠の命で、現在の本郷の地に勧請したと伝えられ、その後何度か場所の移動はあったものの、五代将軍綱吉と生母桂昌院の厚い帰依を受けたこともあり、多くの人びとの支持を得て今日に至っている。
 それほどの神社が、おれの出身地である石川県と浅からぬ因縁があったことに、あらためて驚きを感じる。
 おまけに、白山神社が古くから縁結びの神様として信仰されていること知り、おれとミナコさんの関係が目に見えない力によって引き寄せられていることを、追認してもらったような気持ちだった。
 本殿前の賽銭箱に五円玉を投げ入れ、いま動きつつあることへの静穏を祈った。ミナコさんと自動車内装会社社長とおれという関係が、その立ち位置を変えて軋みを生じている。平安に治まるはずなどないのだが、あの男が、急な神託を受けて、すごすごと撤退していく場面を想像したりした。
 境内裏手の白山公園をひと巡りして、先刻くぐった鳥居から道路に出た。
 誰に教えられたのか覚えてもいないが、もと来た道をたどって戻る習性が身についている。しかも、山門、鳥居の真ん中は、神仏の通り道として崇め、端に避けて進むことも守ってきた。
 ミナコさんとのデートが、そのまま寺社巡りとなって、なんの不足も感じなかったのも、おれの志向がそちらを向いていた証であろう。そして、ミナコさんもまた、おれに輪をかけて神仏好きとでもいうべき女性であった。
 再び、同じ公衆電話からミナコさんのマンションに電話をかけた。呼び出し音が、むなしく鳴り続けた。
(もしや、あの男に連れ回されているのではないだろうか)
 あるいは、まだ会社に引き止められていて、経理の不備を追及されているのではなかろうかと、心配の種が二つ三つと湧いてくる。
 あたりは、もう秋の夕暮れに包まれ始めていた。好天だった一日の残光と街の灯りが拮抗していて、いま、一方の側へと傾く寸前の脆さを孕んでいた。
(交通事故とか、起こりやすいんだよな)
 直接には係わりなさそうな思いが、頭をよぎる。
 こんな時には、家に電話さえあったら苦労も半減するだろうにと、なかなか電話を引けない現状を思いやった。
「あしたは、ミナコさんの家に行くからね」と言った昨夜のおれの言葉に、おれが考えるほどの力があったのだろうか。
 おれは食事をする気にもなれず、マンションの見える物陰に移動して、ミナコさんの帰りを待った。周囲の者に怪しまれないように、ときどき場所を替えて二時間、おれは焦りに耐え続けた。
 パタン、パタンと坂道を登ってくるサンダルの音とともに、ミナコさんが現れた。一人だった。おれが声をかけると、ギクッと肩を震わせ、確かめるようにおれの方を透かし見た。
「どうしたの、こんなところで・・」
「だって、ミナコさんのところへ行くよって、昨夜約束したじゃない」
 少しごまかしがあるのを意識したが、それには気付いていないふりをした。
「そうだったかしら」
 否定はしないが、納得していない様子が見て取れた。「とにかく、ここで立ち話はいやだわ」
 ミナコさんは、くるりと踵を返した。
「あなた、食事まだなんでしょう。いいお店があるから、そこへ行きましょう」
 明らかに、おれの訪問は迷惑だったようだ。
 おそらくミナコさんも疲れて戻ってきたはずなのに、本郷通り方面に向いた足の運びが、先刻とは違っている。おれもまた、疲れと落胆で湿りがちになる気持ちを奮い立たせ、ミナコさんの後を追った。
 こんなときは、白山神社にお参りしたことなど話すまい。二時間も前から、ミナコさんのマンションを見張っていたことなど、決して口にはすまいと気を引き締めた。
 それが、おれの身に付いた性癖であり、義理の叔母ともなんとか折り合いをつけることが出来た要因のひとつと考えている。
 いわば、おれの危機管理のセンサーが働いた瞬間であった。

   (続く)
 
  


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