能勢という男がいた
小づくりだが
きりっとした顔立ちをしていた
映画会社の大部屋に所属し
声が掛からないときは
寄せ集め劇団を作って活動していた
団員は皆アルバイトで食をつないだ
ある男はサンドイッチマン
ある人は看板描きとして
能勢という男が座長であったが
なかなか公演にこぎつけられず
公民館の広間で稽古を重ねた
能勢という男と知り合ったのは
印刷会社の応接間でだった
数十枚の原稿を渡されたのがきっかけだ
タイトルは『卒塔婆小町』とあった
写植に打って芝居の台本にするらしい
三島由紀夫のものでなく独自の解釈で
老婆の役は能勢という男が演じた
高野山の僧に説得されても容易に屈しない
プライド高い歌人の小野小町を
若い時の小野小町はひとみちゃんの役だ
わずかな出番のひとみちゃんに胸キュンした
青春を通り過ぎたひと時の甘い記憶だ
商業施設での公演は実現しなかった
市民ホールでの日程もキャンセルされた
卒塔婆を尻で折る演出が危惧されたのだ
能勢という男は自負心が強かった
ならば結構と修正を拒んだのだ
寄せ集め集団はまもなく解散となった
能勢という男は目の前から消えた
ひとみちゃんの姿も見かけなくなった
噂では二人は故郷へ帰ったらしい
京都だか大阪だかで所帯を持ったとも聞いた
もともと男は上方の出身と聞いていた
夢は砕けたが他人の割り込む余地などなかった
能勢という名は摂津の地に多い
卒塔婆小町の舞台は高野山ゆかりの地だ
室町時代の亡霊が老婆となって現れたのか
記憶の薄皮にふんわり付着した未練が
今ごろになってしくしく痛む
歳月が小野小町を老婆にする演目に心が傷む
とあるきっかけでadaoxさんも共に歩まれた時期が在ったのですね。
懐かしい思い出の一幕、懐かしくも有り切なくも有り
少なからず、こうした思い出は形の違いこそあれ誰しもが胸の奥にありますよね。
でも、tadaoxさんのこの思い出は巧みな表現のせいでしょうね
とてもドラマチックに思えました。
確かに、どなたの胸の中にもこうした微かな思い出はあるでしょうね。
いっときのお付き合いではありましたが、この方の名字が頭に残っていて、そこから急に彼が情熱を燃やしていた「卒塔婆小町」の世界と絡ませて、描いてみたくなりました。
おほめ頂き、嬉しく思いました。ありがとうございまます。