どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

(超短編シリーズ)106 『お高という女』

2014-11-10 00:34:30 | 短編小説

  

 中国の少数民族の一つにミャオ族(苗族)がある。

 ミャオ族の多くは山川草木のすべてに霊魂や生命が宿ると考えていて、古代から同じような感性を受け継いでいる日本人には大変近しく感じられる。

 祖霊や祖先に対する祭祀を重んじる習慣も似ていて、年越しの日には祖先に感謝する祭りを行うのだそうだ。

 その際、男性は葦笛を吹き、女性は華麗な髪飾りと豪華な刺繍を施した衣装を着て舞うのである。

 年頃の男女が一堂に会するのは年に一度のことで、この祭りが男女の自由恋愛の機会でもあることはいうまでもない。

 女性陣がユーファンと呼ばれる歌による呼びかけを行い、男女が互いの感情を歌に託してプロポーズしたり返事を確かめたりする。

 山の奥深く、澄んだ空気を震わせて呼びかけ合うミャオ族の少女の歌声は、岩襞を這い苔をつたって天にも届くかと思わせるほどだ。

 一度でも彼女らの掛け合いを聞いたものならば、ミャオ族の地で天女の集いが開かれているのを想像するかもしれない。

 さしずめ日本の神話に登場する高天原を彷彿させる場面といっても過言ではないだろう。

   

 話変わって、山梨県の釜無川のほとりの村には次のような話が伝わっている。

 もともとこの釜無川は、甲州平野を北西から南東へ貫く大きな川である。

 赤石山脈の北端部に源を発し、山梨と長野の県境をなして南東に向きを変え、甲府盆地を流れ下る。

 秩父山系からの笛吹川と合流し、やがて富士川となって駿河湾にそそぐのである。

 河床には山から運ばれてきた岩石が多く堆積し、台風シーズンなどに水位が上がりやすく、住民は絶えず氾濫を怖れていた。

 そのため川沿いの村々では、大水による堤防の決壊を防ぐため、いつの頃からか村民に割り当てて土手普請を執り行ってきた。

 数百人の若者を狩り出し、手に手に三尺あまりの棒を持たせ、土砂を被せた堤防の上を朝から晩まで搗き固めさせるのである。

 ところが、この土手普請は台風到来まえの夏時分に行うことが多く、暑さの中長時間にわたって繰り返す作業にみな飽きてしまう。

 若者たちは、近所の娘たちの品定めや冗談を言い合って、しだいに手の方がおろそかになる。

 ついには一服しようという話になって、仕事が少しも進まない状況になってしまうのだ。

 それを見ていた村の名主や世話役は、あとひと月かふた月のうちに来るかも知れない台風を本気で心配した。

 (早く何らかの手を打たなければなるまい)

 万が一洪水でもあれば、上納米はおろか自分たちの食う米すら採れないことになる。

 若い者に精を出させるために酒でも振舞おうか、それとも旨いものでも奢ろうかと思案したが、数百人分を賄うには無理がある。

 まして、それを数日間続けなければならないととなると、とうてい不可能だという結論に達した。

 しかし、窮すれば通ずとのことわざ通り、長老の一人がうまい手立てを思いついた。

 それは金もかからず、若者たちに反発される手法でもなかった。

「なあ、みんな、お高の噂を聞いたことがあるじゃろう。ここは一番、お高に来てもらったらどうか・・・・」

「なるほど、それはいい思いつきかもしれん。承知してくれるかどうかわからんが、試してみる価値は大ありだ」

 そこで衆議一決、代表の者が釜無川上流にある粘土という集落まで訪ねて行き、現在の苦境を訴えて助けを頼むことになった。

 そもそも、お高とは何者か。

 噂によれば、粘土という寒村の中でもお高の家は甚だ貧しく、おまけに容貌の方もすこぶる悪かったらしい。

 だが、そのお高と呼ばれる娘は、この世のものとは思えない美声の持ち主であった。

 口から漏れる鄙歌は滑らかで麗しく、お高が歌うときには駒ケ岳の峰を通り過ぎる雲も歩みを停めて聞き惚れると言われていた。

 それほど評判の美声で歌ってもらえば、だらけてサボりがちの若者たちも、きっと我を忘れて普請に精を出してくれるに違いない。

 名主や世話役の思惑通り、下流の民の苦境を聞いたお高はすぐさま承知して、土手普請の終わるまで協力することになった。

 おまけに心が打ち震えるような言葉を返してくれたのである。

「皆様が村のために働いてくださるのに、私がただ歌をうたうばかりでは済みません。私も少しばかりお手伝いいたしましょう」

 お高はその申し出どおり、翌日から打ち棒を手にして、釜無川の土手普請の人足の中に交じったのである。

 やがて、暑い日差しと単純な作業に若者たちは飽き飽きしてくる。

 そろそろ「一服!」という声がかかりそうになった時、たちまち天の一角から金鈴を振るような妙なる歌が聞こえてきた。

 もとよりそれは、雲居に啼く鶴の声でもなく、さればといって地底に哭する鬼の声でもない。

 みな一斉に耳をそばだて、若者たちの魂は早くも恍惚として天外に飛んだと言われている。

 手にした打ち棒は、歌の調子につれて無意識のうちに上下し、土手の土を万遍なく打ち固めた。

 そうして数百人が休まず搗いたものだから、仕事の方は大いに量がいったのである。

 歌が止んだのは、夏の長い日が暮れたときであった。

 お高の歌の効力は絶大で、普請はこれまでの倍以上も進んでいた。

 名主や世話役は策が中ったことを大いに喜び、これなら台風が来る前に備えのすべてが完了するものと安堵したのであった。

 

 さて、この評判が甲州一円に広がると国中が大騒ぎになって、お高の歌を聴こうとして多くの人が押し寄せてきた。

 釜無川の土手は、人で埋まるほどだったという。

 この有様を見て、村の名主や世話役たちは別の心配を抱いた。

 お高の歌を聴くためにこれほど多くの人が集まるようだと、それぞれが携わる本来の仕事がおろそかになるに違いない。

 また、どのような不測の事態が起こらないとも限らない。

 そこで、いろいろ相談した結果、お高に事情を説明して已むなく土手普請からの退去を頼んだ。

 お高は快く承諾して、飄然と立ち去った。

 翌日からは、釜無川の土手でお高の歌を聴くことができなくなった。

 若者たちの失望落胆は、予想の外であった。

「馬鹿馬鹿しい。俺たちはもう仕事などしない。いったい誰がお高を断ったのだ!」

 不平の声があちこちから巻き起こり、ついには誰が主導したわけでもなく今で言うサボタージュが行き渡ってしまった。

 名主、世話役は三たび心配し始めた。

 このままでは、土手普請の残りの部分が未完成のまま台風シーズンを迎えなければならない。

 それに、若者たちを怒らせたまま放置したとあっては、村のすべての行事で協力を願うことができなくなる。

 長老たちを中心に進めてきたこれまでの仕来たりも、この一件によって全く権威を失う事になる。

 そればかりは避けねばなるまいと、再びお高にお出まし願えまいかと頼みに行ったが、お高を見出すことはできなかった。

 いくら捜しても、いくら聞きまわっても、お高の姿は沓としてわからなかった。

 粘土という村を中心に、鐘や太鼓を鳴らし声の限りを尽くしてお高の名を呼んだが、あの美しい声が応えることはなかった。

 あたりの山々も、森閑として黙するのみ。

 肩を落として項垂れる下の村の人々を見て、意味ありげに呟く老人がいた。

「いくら捜しても行方は知れぬはずだよ。だって、お高は木花咲耶姫の御化身だもの・・・・」

 その口元に微かな笑いがあったのは、果たしてどんな思いからだったろう。

 自分たちの都合でお高を捜しまわっている人々が、それに気づくことはなかった。

 

 釜無川周辺に伝わるお高の話を耳にしてからは、あの金鈴のような声で歌垣をつくるミャオ族の少女の声が余計切なく響く。

 ミャオ族に限らず、少数民族が独自の文化や風習を生き存えさせ、奥深い峰の襞ひだに永久に抱かれることを祈りたくなるのだ。

 

     (おわり)

 


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2 コメント

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後手後手の後手 (aqua)
2014-11-12 18:49:03
こんばんは

自分たちの都合で人を使うのは
今の世相によく似ていますね
ていうか そんなことを繰り返して
現在に至っているのでしょうね

踊らされているのは
何も知らない者たちで
いろいろ考えさせられました

太古の昔から
自然崇拝や太陽神は
世界各国であったみたいで
日本の神話にもよく似ているところも
不思議ですね

とても面白く拝読させていただきました
少数民族のまだ手つかずの文化や風習って
どのくらいあるのでしょうか?



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解散総選挙? (tadaox)
2014-11-13 20:25:52
今日は昼間は暖かかったのですが、夕方になったら急に寒くなってきました。
北陸から北海道にかけては、一日中強い風が吹き荒れたようです。

その上ニュースを見ていると朝から晩まで解散風が吹きまくり、自己都合100パーセントで国民不在の政治劇が進行しているようです。
村の世話役たちの行動とあまりにも似ているので、思わず苦笑・・・・。
お高はどこかへ消えてしまい、後にどんな結果が残るのでしょうか。
お高って、なんとなく「民意」のように危うく儚いものみたいですから・・・・。

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