定年退職した友人が藤沢にログハウスを建てたというのでその夏仲間と冷やかしに行った。
玄関先に自転車が3台重なるように立てかけてあったので理由を聞くと、どこかに置いてあった放置自転車を拾ってきて整備したものらしい。
厳密にいえば放置してあっても他人の私有物で、鑑札も取ってないわけだから警察にとがめられないのかと心配になった。
「平気平気、捨てたやつが所有権を主張するわけないし、整備して有効活用してやってるんだから文句を言われる筋合いじゃない」
「なるほど・:」
押しかけた仲間3人は自転車の話題から離れて2階のプライベートルームで紅茶をごちそうになった。
オーディオ・セットが置いてあったのでかけてもらうとパット・ブーンの名曲が流れ出た。
ひとしきりくつろいだ後、「これから七里ケ浜までサイクリングしてみないか」と友人が言い出した。
先ほどの放置自転車の件をまだ気にしているのか試してみたのかもしれない。
「いいね、行こうよ」
仲間全員が賛同して、それぞれが自分に合いそうな自転車を引き出した。
この家の主は一階のフロアから専用の自転車を持ち出し、4人の仲間でサイクリングに出掛けた。
引地川に沿って鵠沼海岸に向かい、湘南遊歩道を逗子方面に走る。
整備されてはいるがところどころ砂をかぶっていてタイヤが横滑りする。
稲村ケ崎を過ぎると29キロの海岸線がつづく七里ガ浜だ。
全員快調に走っていると思っていたが途中でK君がいないことに気が付いた。
「おかしいな、何かあったのかな」
引き返してみるとコースの半ばでK君が蹲っていた。
「おい、どうした? 大丈夫か」
K君によると急にペダルが重くなって先へ進めなくなったのだという。
その自転車はペダルカバーがなくチェーンがむき出しなので何かを巻き込んだのかと点検したがそういうことはなかった。
本人が体調が悪いというので途中で見かけたレストランまで連れて行った。
K君はコーラ、他の3人はビールと亀の手料理を注文し、それとなくK君の様子を見守った。
1時間ほどで気分はよくなったが自転車に乗るのは無理そうだ。
結局、ログハウスの住人が自分の専用車と2台を押して藤沢まで帰った。
出だしからいろいろのことがあった一日だった、
東京に戻ったK君は大学病院での検査で胃がんが発見された。
フェーズ4とのことで医師はもっと早く気づいて検査できたはずだがと疑問を口にした。
もともと無頼派的な生き方をしてきたK君は、医師の勧める抗がん剤治療を拒否し毎日のように街のスナックバーで痛飲した。
余命宣告より1か月も早く病院に運ばれたK君を友人2名が見舞った。
その時K君が意外なことを口にした。
「去年サイクリングに行ったとき、ぼくは死神に足首をつかまれてもう駄目だと思ったんだ」
彼が途中で動けなくなった日に死期を悟ったらしい。
「ぼくが乗った放置自転車に怨念みたいなものが残っていたようだ」
この日の見舞いにはログハウスの友人は行っていなかったからよかったが、一瞬ドキッとした。
死の床にあったK君に罪があるわけではないが、自転車に怨念を感じたとなるともしかしたら我々の乗った自転車にも残留思念があったらヤバかったなと二人で顔を見合わせた。
〈おわり〉
体調を崩して急にペダルが重くなって進めなくなったのは、放置自転車に怨念が残っていたから?・・・、怖~っ!
快適なハズのサイクリングが一転して、原因はがんだったんですね。
全く予想外の展開でした。
放置自転車はチョイノリしてまた放置する例はあっても自分の所有物にしてしまうことはまずないでしょう。
おまわりさんの目は厳しくて鑑札がずれているだけで停車させられたことがあります。
名前を聞かれ登録番号と照合して解放されましたが、安易に考えていると窃盗罪になってしまうんですね。
そうしたことが潜在意識にあって今回の小説を思いつきました。
自転車が放置された理由など普通考えませんが海岸近くまで乗ってきて遊泳中に事故にあったとか怨念が残る設定ができます。
とはいえ、おっしゃる通り意外な展開かもしれません。
胃がんによる体調不良で事を納めました。
ありがとうございました。