トントンと雨戸を叩く音がする
初夏の香りが鼻の奥をくすぐる朝だ
夢の終わりを告げるように
もう一度トントンと戸を叩くものがいる
はっとしてオジイが飛び起きる
もう来ただかや?
あわてて雨戸を開けると
待ちかねたように二羽の燕が舞い込んでくる
土間の天井には乾いた遺物
代々受け継がれたツバメの巣が並ぶ
ぶつかることもなく飛び回りながら
外観を確かめ巣の中を点検する
これから二ヶ月はツバメのオープンカフェだ
オジイは夕方になっても戸を開けっ放し
自分たちの子供は都会に行ったきり
孫も近ごろ田舎に行こうとは言わないらしい
いいさいいさ わしには燕がいる
オジイは茶の間の座椅子に座って目を細める
毎年ツバメの訪れを待ちかねているのに
トントンと戸を叩かせてオジイは少し満足げ
ツバメの番いは去年の子供?
はるばる日本へ新婚旅行か
一羽一羽の識別なんぞはとうてい無理
それでも戻りツバメは格別に愛おしい
オジイまた来たよの合図がうれしい
人に頼る勇気はいつごろ身につけたのか
今年も無事に五羽の雛を孵し
でっかい口に虫を突っ込むのだ
巣立ちの日はピャーピャー騒がしい
五羽がひしめき巣からこぼれ落ちそう
親が子ツバメの鼻先を掠めると
ハンカチひと振り手品のように空中乱舞
オジイの家の前には似合いの電線
こっちを向いてツバメ一家が勢ぞろい
飛行訓練はこれからか
オジイの上を群れ飛んでバイバイだ
秋風が田の面を渡る朝
一家は南をめざして旅立つだろう
真の別れはあっさりしたもの
オジイにとっては巣立ちが別れの日
来年またツバメを迎えられるだろうか
オジイは霞む目で土間の天井を見上げる
外光を背に居間へ視線を移すと
仏壇の奥から先に逝った女房が微笑む
(『ツバメの巣立ちは手品のよう』2014/08/06 より再掲)
ワシがいなくなっても・・・
ツバメは毎年やってくるはず。事故でもなければ・・・・。
受け入れる人間の方が、不確定要素がありそうで。
近頃は、せっかく作った巣を叩き落とす輩もいるらしく。