どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

ポエム(276) 『白湯をください』

2020-12-20 01:30:14 | ポエム
ベッドの底から浮上した時
ぼくの脳内ではまだ
スティービー・ワンダーが歌う
I Just Called To Say I Love Youの
リフレインが鳴りひびいていた

なんという甘美な曲だろう
繰り返されるねっとりした歌声が
10時間に及ぶ大手術のあとの
麻酔に引きずり込まれた奈落から
ぼくを引き上げてくれたのだ

長い間ポトポトと音がしていたが
あれはなんだったのだろう
ICUの光量の乏しい病室を包むのは
おまじないのための水の簾だったのか
這い上がろうとする命のメトロノームか

沈み込んでいたベッドから浮上した時
ぼくは客船に乗っていて
丸い窓から海を見ている気がした
I Just Called To Say I Love Youは
船内放送のリクエスト曲かと思っていた

あら 目が覚めたのね
頭の後方からナースの声がした
回り込んできて身体を覆うシーツを剥いだ
あっ おびただしい管だ
ぼくは腕と腹部を無数の管で繋がれていた   

どこか痛いところはありませんか
喉がヒリヒリして口が開けられなかった
ナースの問いかけに応えようとするのだが
声はまだベッドの下に沈んでいた
無理にいきむと腹部のドレーンが軋んだ

白湯をください
喉からこみ上げた声が唇を割った
ナースはハッとしたようにぼくを見た
点滴だけじゃ足りないわよねえ
後で持ってくるから少し我慢してね

吸いのみの白湯で唇を濡らした
鶴の嘴をそっと差しこむと
腫れた喉の奥に白湯が滴り落ちた
ああ なんて甘いんだ
ぼくの細胞がこぞって乱舞した

I Just Called To Say I Love You 命の水
体内の不純物を取り除いた白湯よ
ぼくは麻酔の二日酔いでフラフラだが
スティービー・ワンダーに見守られて
うつらうつらと回復に向かうのだ





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2 コメント

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僕にも覚えのある・・・ (知恵熱おやじ)
2021-09-30 13:21:40
ご自身の体験から生まれた詩ですか?

70歳を過ぎてから何年か毎にㇲ術を受けるようになって、我ながらあきれています

意識が戻ったとき、まさにこの詩のような経験をしています

その感覚を実に詞的にまで昇華されていて、脱帽です。詩人の感性はさすがに素晴らしく、脱帽です!
自分でもうまく言葉に出来なかった、意識が戻った直後の感覚をよく言葉にしてくださった。
ありがとうございます。
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10時間以上の手術 (tadaox)
2021-10-01 00:29:07
(知恵熱おやじ)様、その通り。
長時間の手術で麻酔が覚めた時の感覚です。
点滴を受けていても、口が乾き喉はカラカラ。
まさに「水をください」です。
知恵熱さんも、同じような経験をしているのですね。
あの時の、生きている実感は、苦しさより甘美でした。
スティ―ビー・ワンダーの曲が耳に心地よかったなあ。
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