尺取り虫
「負の序列」
ちぢみのステテコから
植物的な発芽をしました
蒸し暑いので
ひょろりと顔を出しました
でも誰ひとりぼくに気づいてくれません
ジャワ帰りの元小隊長がいます
満州引揚者がとなりに坐っています
学徒兵だった男もいます
そして
うら若いわがご主人がいます
四つの世代の使者は
和平交渉のように卓を囲み
ビールで乾杯すると
牌に手を突っ込みました
かきまわします
積み上げます
主人は遅いです
生まれたのも遅かったです
<おまえよく知らねえんだなあ>
主人がいじめられました
いえ戦争のことではありません
麻雀です
いじめたのは学徒兵です
その口でポンと言いました
引揚者が渋い顔をしました
チーを言い損ねたのです
主人がリーチをかけました
うれしそうな声です
とたんに小隊長がヤミテンであがりました
甘すぎます
主人も見習うべきです
みんな
相手の顔や捨て牌を
探照灯のようにさぐっているのですから
夜が更けていきます
主人は膨大な賠償を背負ってしまいました
しらじらと夜が明けていきます
男たちが一斉にひっくり返りました
まるで荒野に転がる肉塊です
主人は眠れないようです
戦車のような鼾に聞き入っています
何を考えているのでしょうか
薄目をあけています
<こんなところに毛がとび出してら>
さすが主人です
ぼくを見つけてくれました
<・・・・一万円あったら女が抱けたのになあ>
なんと情けない主人なんでしょう
ぼくは恥かしくて
思わず顔をひっ込めてしまいました
主人、引揚者、学徒兵、小隊長
きょうの結果です
もちろん負けた順位です
しかも主人は独り負けだったんです
尺取り虫の忙しそうで、それでいてのんびりした歩行をぼんやりと眺めていると、そんな空想が湧いてくるのかもしれません。
しかも、時代が逆行したような登場人物が現れてきたり。
誰が強いか弱いか分からないうち、座卓やパイは静かに閉じていくみたいに終わったり。
あれは真夏の夜の夢だったのでしょうか?
ひとつの時代が過ぎて、しばらくするとみんな夢の中の出来事のように感じられます。
尺取り虫は後付けですが、どちらが先でも似たようなもの。
テーブルの上で一生懸命屈伸を続ける虫の動きも、端から端まで渡りきったところで途方に暮れるという顛末。
実際ヤツは、空をつかんで転落したのでした。